ブクステフーデの「夕べの音楽」

おそらくバッハが「ゴルトベルク変奏曲」の元ネタとして使ったであろうディートリヒ・ブクステフーデ(1637-1707)の「カプリッチョーサ変奏曲」
この人の音楽はさすがにバッハが参照するだけあって、どの瞬間も力強く、しかも繊細な美しさをあわせもつ。ヘンデルを軸にまたもや想像を膨らませてみる。

1703年7月9日、当時の北ドイツの商業の中心であったハンブルクの聖マリア・マグダレーナ教会において、若きヘンデルは作曲家兼歌手であるヨハン・マッテゾンと知り合い、親密になる。2人は互いに音楽上においても助け合う。すなわちヘンデルがマッテゾンに対位法を教え、一方マッテゾンはヘンデルに劇場様式を教えたのである。なるほど、この人はヘンデルの音楽創作上なくてはならない人だったということだ。そして、同年8月17日にはブクステフーデの後任オルガニストの職を求めて2人は共にリューベックを訪れる(おそらくこれがブクステフーデとの最初で最後の出逢いだろう)。しかしながら採用条件に30歳にもなる彼の娘との結婚が含まれていたので2人とも丁重に断ったそう(笑)。そういうことが条件に入るということ自体が今では考えられないが、それより当時は30歳でもかなりの年増だったということ(笑)。時代の流れと世の習慣と・・・、興味深い。

一方のバッハ。当時、アルンシュタットの新教会のオルガニストであった彼も、1705年秋、ブクステフーデを聴くべく4週間の休暇を得て、リューベックを訪れた。そして、ブクステフーデに釘付けになった。ヴァイオリンだけで25名という当時としては大編成のオーケストラに合唱とオルガンを加えた音楽はバッハを震撼させたという。
ちなみに、この時、ブクステフーデはまだ後継者を探していたらしい。相変わらず娘婿になるという条件付きで。ヘンデルとマッテゾンの訪問から2年以上の月日が流れているにもかかわらず(笑)。(ただしバッハは許嫁のマリア・バルバラがあったので丁重にお断りしている)

先達ブクステフーデの名声はドイツ中に響き渡っていた。バッハもヘンデルも年齢にして50ほども違うこの老大家の影響を当然受けたであろう。
ブクステフーデの音楽は荒涼としたイメージの北ドイツで生まれたものとは思えないほど開放的。波動が外に向かう、そんな感じ。そのあたりの調子はヘンデルのそれに近い。一方、敬虔なプロテスタント信者であったことから堅牢な構成と深い信仰心が聴き取れるあたりはバッハの音楽に引き継がれているよう。なるほど、バッハとヘンデルを足して2で割ったらブクステフーデになる、そんな印象。

18世紀の初め、ヘンデルがリューベックを訪れた時もバッハが訪れた時も、そこでは「夕べの音楽」と称する当時としては珍しい壮麗な音楽会が開かれていた。

ブクステフーデ:夕べの音楽
・パッサカリアBuxWV161
・ソナタニ短調作品6-1(BuxWV257)
・ソナタニ長調(BuxWV267)
・ソナタト短調作品3-2(BuxWV261)
・シャコンヌBuxWV160
・ソナタヘ長調作品1-1(BuxWV252)
・ソナタハ長調(BuxWV266)
・カンタータ「平安と喜びに満ち逝かん」BuxWV76から悲歌
・ソナタト長調作品2-1(BuxWV253)
スキップ・センペ指揮カプリッチョ・ストラヴァガンテ

まさに「夕べの音楽」というその名の通りの響き。落ち着いた癒しの音楽は、寒さの残る春先の夜更けにぴったり。特にカンタータからの「悲歌」の泣きの表情が絶品!

ところで、同年に生れたヘンデルとバッハは生涯に出逢ったことはなかったのか?
ニアミスはあったが、結局この2人の世紀の大作曲家はお互いを直接見ることはなかったらしい。
1719年5月、既に英国で活動をしていたヘンデルは歌手探しのためイギリスを離れた。そして、旅の途上ハレで家族と再会し、前年に亡くなった上の妹のお墓詣りなどをした。ちょうどその7月、バッハはヘンデルに会おうとケーテンからハレに向かったらしいが、時すでに遅し。ヘンデルはドレスデンに向かって出発した後だった。交通機関がままならない時代である。あるいは電話もない時代。人が人に会うのに「運」というものにも左右された時代なのだと思うとあらためて感慨深い。


4 COMMENTS

Judy

ブクステフーデなどこのBlogを読んでいなかったら全く知らずに終わっていた気がします。それほど音楽の知識は狭く、嗜好もまだまだ偏っているのでこのBlogは本当に読み甲斐があり嬉しい発見でした。ありがとう!Youtubeで早速聴いてみました。岡本さんのおっしゃるとおり力強く繊細ですね。でもこのブクステフーデ父さんが、行きそびれの娘を近寄ってくる男たちに懸命に売り込む様子を想像して笑ってしまいました。日常と音楽の違い。いいですね。

交通機関がままならない時代である。あるいは電話もない時代。人が人に会うのに「運」というものにも左右された時代なのだと思うとあらためて感慨深い。

たしかにそういう時だからこそ、ああいう力強くも繊細な音が作り出せたのかもしれません。でも、ジェットが飛んで携帯なしの生活が考えられない今の世の中でも「出会い」は「運」に左右されていると思いませんか?これだけの情報が飛び交っている中だからこそ、なにかのKey wordに導かれて私はこのBlogにたどり着き、いづれ岡本さんとも雲の流れのままにお会いできるかもわからないのはやはり「運」というか神秘です。

Great News! Grimaudが来年の2月にSF Davies Symphony HallにてBrahms Piano Concerto #2を弾いてくれます!NHKを観た人の感想文を読むと彼女の#2はこれからもっとこなれて良くなる可能性があるそうなので、2014の2月頃が旬かも!楽しみです。みどりさんやふみ君や岡本さんが打ち揃ってSFにいらっしゃるという計画はいかがでしょう?

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岡本 浩和

>Judy様
>ジェットが飛んで携帯なしの生活が考えられない今の世の中でも「出会い」は「運」に左右されていると思いませんか?
>雲の流れのままにお会いできるかもわからないのはやはり「運」というか神秘です。

おっしゃるとおりですね。出逢いとはわからないものですが、それも「運命」なのでしょう。
そうですか!2014.2にSFでグリモーがブラームスを!!!
うーん、しかも「旬」だと・・・。嗚呼、それは・・・。運を天に任せます(笑)
ちなみに、この11月にはサントリーホールでブラームスの1番のようです。
こちらは絶対に行くつもりです。

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