落葉

faure_nocturnes_heidsieck.jpgお盆が明けると秋風が吹き始めるというが、今日はとても涼しい過ごしやすい夕刻。
1週間の夏休みもいよいよ最終日。のんびりとした田園での生活を何日も続けると溜まっていたものが解放され、心身も楽になる。まさにデトックス効果。
午前中は近江神宮詣。家族で昼食をともにしたあと、信楽町での来年3月に開催予定の「愛知とし子リサイタル(仮題)」のための会場下見。田舎にしてはとても良いホールで(笑)、今から当日が楽しみである。

パズルがうまい具合に組み合わされるかのように、全てのことが順調に動き始める。決定されるべき諸々のこともきっちりと決まり、あとは意思を明確に持ち、仕事にせよプライベートにせよ前に向かって行動するのみ。ともかく自分ができることにベストを尽くすことだ。

ハイドシェックの弾くフォーレの楽音の粋な響きがヴェルレーヌの詩とともに頭の中を駆け巡る。

「落葉」
秋の日のヰ゛オロンのためいきの
身にしみてひたぶるにうら悲し。

鐘のおとに胸ふたぎ色かへて
涙ぐむ過ぎし日のおもひでや。

げにわれはうらぶれてここかしこ
さだめなくとび散らふ落葉かな。
~ポール・ヴェルレーヌ(上田敏訳)

フォーレ:夜想曲全集
エリック・ハイドシェック(ピアノ)

上田敏名訳のヴェルレーヌ「落葉」にフォーレのノクチュルヌ(夜想曲)の楽想はぴったりだ。なぜかヰ゛オロン(ヴァイオリン)ではなくピアノの音色。それに、どういうわけかエリック・ハイドシェックの若き日の名録音でないとこの詩には似合わない(この演奏がほかを圧倒する素晴らしさだと僕は考える)。彼は時折実演でもフォーレの楽曲をとりあげるが、いつ聴いてもハイドシェックらしい薫り高き上品さを失わない、まるでハイドシェックのために書かれた音楽のように感じられるのである(特に生涯の全般にわたって創作された夜想曲はそうである)。

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