クライスラー ブレッヒ指揮ベルリン国立歌劇場管 ブラームス協奏曲(1927.11録音)ほかを聴いて思ふ

情緒とは不安定なものだ。
然るに音程の不安定なヴァイオリンは時に、情緒的、否、むしろ人心に大いに響く情熱を秘める。フリッツ・クライスラーの演奏を聴いて僕はいつもそう思う。
揺らぎが何と心地良いことか。間合いの何と自然なことか。そして、いかにも大時代がかった大袈裟なポルタメント奏法が実に美しい。

あらえびすを引く。

「ヴァイオリン協奏曲=ニ長調(作品77)」はベートーヴェンのそれとメンデルスゾーンのそれに加え、三大提琴協奏曲として有名だ。実際この曲の深さ、美しさ、気高さは言語を絶するものがあり、どんなブラームス嫌いも、この曲の前に帽子を脱がされるだろう。レコードではビクターにクライスラーのが新旧2種あり、旧い方はベルリン国立歌劇場管絃団をブレッヒの指揮したもので、名品中の名品に属すべきものだが、何分にも吹込が古い。新しい方はロンドン・フィルハーモニック管絃団をバルビロリの指揮したもので、録音が鮮麗ではあるが、クライスラーの老は隠す由もなく、管絃団も薄手で感興が低い。なおビクターにはハイフェッツもある。
あらえびす「クラシック名盤楽聖物語」(河出書房新社)P227

残念ながら僕はクライスラーの新しい方の録音を聴いたことがない。
旧い方は、あらえびすが評するように確かに古さはあるものの、聴き進むに及びそういうことがまったく気にならなく逸品だ(と僕は思う)。90年以上前のものであるのにかかわらず、水も滴る優美な音楽に心から酔いしれることができる。

ことに第2楽章アダージョの、子守歌のような風趣に癒され、うねり粘るヴァイオリンの音色に魂までとろけるよう。

・ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77(1927.11録音)
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64(1926.12録音)
フリッツ・クライスラー(ヴァイオリン)
レオ・ブレッヒ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団

そして、ブラームスよりさらに2年古い録音のメンデルスゾーン!
この人口に膾炙した音楽の、火を噴くような浪漫が、これほどまでに豊かに解放された演奏が、これ以降にあっただろうか。弦がむせび泣く、最高の1枚である。

再びあらえびすを引く。

ベートーヴェンとブラームスのヴァイオリン協奏曲と並べて、世に所謂三大ヴァイオリン協奏曲の一つである。この曲が、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の絢爛豪華なのと、ブラームスの瑰麗雄渾なのとの中にあって、優雅、繊麗を極め、わけてもその浪漫的な情緒の美しさは比類もない。第1楽章の幽婉さと第2楽章の優麗さに続いて、第3楽章の燃え立つような情熱と、その豪宕壮快な美しさと対照は見事だ。
レコードは夥しく入って居るが、この曲を二度吹込んでいるクライスラーのビクター盤で吹込の古い方、即ちブレッヒがベルリン国立歌劇場管絃団を指揮したレコードが非常に古い吹込ではあるが、今に至るまで美しいレコードとされて居る。

~同上書P144

あらえびすも「絶品」と認めるクライスラー盤(旧盤)の「温故知新」的潤い。
時代の空気が取り込まれているのだろう、何と大らかで、何とヒューマニスティックな音楽なのだろう。

西ドイツのある音楽学者の言葉によると、「楽曲からクライスラーほど多くのものを取り出す者は、ほかにはいません。彼は高僧の如く清くけがれのない宗教的情熱の権化です」ということだが、どちらかというと僕には「俗世的パッション」、すなわち「妖艶なるエロスの権化」のように聴こえる。フリッツ・クライスラーの演奏はそれゆえに人心を揺さぶるのである。

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