
堂々たるヨーゼフ・ハイドン。現代の大型編成で聴くハイドンの浪漫交響曲は、何と大らかで、何と雅で美しいのだろう。
ウィーン的情緒を醸すヨーゼフ・クリップスの演奏は、胸がきゅんと締め付けられるような刺激をくれる。まるで恋の予感のような。
第99番変ホ長調は、大宇宙の鳴動のような傑作。
第1楽章序奏アダージョの、地から湧き立つ官能美。ここだけで、クリップスの勝利。そして、主部ヴィヴァーチェ・アッサイの、余裕のある、決して力づくでない音楽の魔法。円熟のハイドンの音楽は、何ものをも凌駕する調和の霊感に満ちる。続く、絶品の第2楽章アダージョはソナタ形式による。これぞ革新!そして、優麗な第3楽章メヌエットを経て、終楽章ヴィヴァーチェの雄渾な愉悦。
第94番ト長調「驚愕」の、まろやかで、静けさに富み、何とも貴族的な響きが、共鳴する。第1楽章序奏アダージョ・カンタービレの歌、そして主部ヴィヴァーチェ・アッサイの愁いを帯びた潤いのある音調に、ウィーン・フィルの能力を最大限に引き出すクリップスの天才を想う。また、有名な第2楽章アンダンテも、中庸の音色で、ハイドンの魅力満載。続く、第3楽章メヌエットは弾け、飛翔する。あるいは、終楽章アレグロ・モルトの心地良さ。
ちなみに、晩年に収録したシューベルトの「未完成」交響曲は、何と大らかで、何と女性的な音を醸すのだろう。
そんな無頼な生活を送りながらも、シューベルトは芸術家としての日常生活にはきわめて厳格で、創造力のいちばんゆたかに湧き出てくる朝は作曲に集中する。暖かい日はシャツとパンツだけの姿で机に向かい、きびしい寒さの冬には、暖房のない暗いじめじめした部屋で、古いすりきれたガウンをまとい、寒さにふるえながらも筆を走らせた。近眼だったためにいつも前かがみの姿勢で、ときにはペンを噛んだり、指で軽く机を叩いたりしながら、たいして手直しするでもなく、すらすらと書き進めてゆく。
~喜多尾道冬著「シューベルト」(朝日新聞社)P112
芸術家の聖俗両面を垣間見る。
第1楽章アレグロ・モデラートのデモーニッシュさ、第2楽章アンダンテ・コン・モトの神秘。「未完成」交響曲の不完全な美しさは、クリップス盤にももちろんある。