チェリビダッケ指揮ベルリン・フィル ブルックナー 交響曲第7番(1992.3&4Live)

なぜここでこんなにヴィブラートをかける!?
なぜそんなに歌う!?
あなた方がベルリン・フィルの団員だからか!?
あなた方が上手だからか!?
あなた方はみんなソリスト並の才能があるからか!?

この的を射た(?)罵声は、晩年のセルジュ・チェリビダッケのリハーサルでのものだ。
彼は、徹底的にプライドを捨てよと言うのである。
その結果、人後に落ちない名演としてそれは僕たちの目の前に姿を現した。
恐るべきアントン・ブルックナー。

偉大なる音の大伽藍。
アントン・ブルックナーの傑作をこれほどまでに緻密に構築できたケースを僕は知らない。
ブルックナーの最初の成功作と言っても過言ではない1884年の優美な交響曲。テンポは遅い。しかし、その遅々としたテンポが、悠久の呼吸に包まれて、とても理に適ったテンポのように感じられ、僕たちはチェリビダッケの創り出すめくるめく音の魔法の世界に誘われるのである。

時は1992年春。ベルリンはシャウシュピールハウスのセルジュ・チェリビダッケ。38年ぶりのベルリン・フィルとの邂逅は、筆舌に尽くし難い時間を創出した。

・ブルックナー:交響曲第7番ホ長調
セルジュ・チェリビダッケ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1992.3.31&4.1Live)

第1楽章アレグロ・モデラート、大いなるコーダの荘厳さ。そして、30分を超える(!)第2楽章アダージョの、(まるで遅さを感じさせない)壮絶な心の叫び、あるいは静かなささやき(ワーグナーへの葬送のパートは何と穏やかでまた憂える気を発するのだろう)。

それにしても一切の乱れなく緊張感満ちる様子で演奏するベルリン・フィルの団員たちの音楽に奉仕する姿に僕は感動を覚える(カラヤンの時代にはなかったか?)。

それにしてもチェリビダッケの結論たる終楽章の大宇宙を揺るがす音響に、この楽章が短く軽いものだとの一般的な評を打ち消すだけの力を思う。最後は本当に熱い。何よりチェリビダッケの終演直後の笑みが素晴らしい。

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