
「最後の」という言葉に僕は弱い。
ホロヴィッツのラスト・レコーディングというアルバムも、リリース当時目にするや即手に取った。それ以来、何年かに一度、思い出したように聴いては、(いまだに)感動を覚える自分がいる。
それはおそらく「最後だ」という先入観が働いての結果なのだと思うけれど、その数年前に「ひびの入った骨董品」といわれた彼の無残な演奏を知っているせいもあり、奇蹟的な復活再生と、実際に言葉にならない透明感が支配する演奏に心から感激していることから起こっていることに間違いない。
何と全曲初レコーディング。
そしてまた、どの作品も実に音楽的。
まるでモーツァルトのように愉悦弾けるハイドンのソナタ終楽章テンポ・ディ・メヌエットが美しい。ショパンの諸曲も、ホロヴィッツならではの内燃するパッションがはあまりに刺激的で、特にマズルカが絶品。あるいは、ノクターンの仄暗い幻想!!そして、めくるめく指が周り、相変わらず軽々とした、テクニカルな幻想即興曲の妙。思いの外さっと流される中間部がかえって悲しく響く。
さらには、リストの「泣き、嘆き、悲しみ、慄き」の深み、ワーグナーのトランスクリプション「イゾルデの愛の死」の枯れたエロスの官能。
pppで始まり、緩やかな「愛の死の動機」が繰返されながら愛と死の合体した法悦境へと高まってゆく。
三浦淳史氏のノーツが的を射て、素晴らしい。
最後の録音から4日後の1989年11月5日、ウラディーミル・ホロヴィッツ急逝。
あれから30年近くが経過する。