フリッチャイ指揮ベルリン・フィル ベートーヴェン第1番(1953.1録音)ほかを聴いて思ふ

ベートーヴェンの辞世の言葉は「諸君、喝采だ、喜劇は終った」だったといわれる。
果たしてそれが真実かどうなのか、それはわからないけれど。

よく聴くと、とても良くできた革新的な作品である。
ベートーヴェンは、やはり初めから挑戦者だった。
交響曲第1番ハ長調。

ところが、最初の和音を聴いていただければわかると思いますが、ちょっと不思議な響きがします。どこか、ポワ~ンとしていて、空間に浮かんだような不安定な感じです。
ハ長調の和音で堂々と幕を開けるなら、「ド・ミ・ソ」でいいはずで、それなら聴く人がすごく落ち着いた気分になるのですが、ベートーヴェンは、そこに「シのフラット」の音を入れました。この出だしのたった一つの音が、もうベートーヴェンの天才たるゆえんといえるほどの音で、最初にこの和音を聴いた人は、あれあれ? この音は、どこへ行くの? という気分になります。

金聖響+玉木正之「ベートーヴェンの交響曲」(講談社現代新書)P29

確かに、あの最初の和音が、何とも言えない感情を刺激する。
本人が最初から革新的だったのかどうか、あるいはそれを目指したのかどうかはわからない。おそらくそこには、幼少からの精神的苦悩、不安定さがもたらした「負の美学」が自ずと反映されているのだと思う。それがすべての始まりなのである。

クリスティーネ・ゲルハルディ、彼女は当時ヴィーン第一級の歌手であり、ベートーヴェンは彼女に心をよせていた。彼女が自分で書いたか、誰かの作か、また詩そのものがどんな詩であったか今は不明であるが、ベートーヴェンを讃えた詩を贈って来たときの彼の手紙がある。
「わたしは自分が褒められているのを読みますと、逆に自分の弱点が指摘されているように感ずるのです。それは芸術と自然が示している目標は到達し難いほど高いからです」
と謙虚な告白である。
かと思うと彼の生涯の親友であったニコラウス・ズメシュカルに書いた手紙では
「君の言う道徳なんか悪魔にさらわれろだ。力これこそが衆にぬきんでたものの道徳だ。それがまた僕の道徳だ」
と傲慢不遜とも見える言葉をはいている。

小松雄一郎編訳「新編ベートーヴェンの手紙(上)」(岩波文庫)P52

ベートーヴェンの陰陽二面であり、いずれも間違いなく彼自身の本意だと思う。
彼はある意味人を信用しなかった。その代わり、自然や宇宙については信仰に近い思いが常にあった。

ベートーヴェン:
・交響曲第1番ハ長調作品21(1953.1録音)
・交響曲第8番ヘ長調作品93(1953.4録音)
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

フルトヴェングラー時代のベルリン・フィルだけあり、音はどこか重く暗い。しかし、フリッチャイの棒は実に開放的で、喜びに溢れた演奏が繰り広げられる。フリッチャイは、ベルリン・フィルでのデビュー・コンサートで交響曲第1番を採り上げたそうだが、その時の演奏についてハンス・ハインツ・シュトゥッケンシュミットは次のような記事を書いているという。

“どうぞ皆さん、悲劇ではなく人間喜劇を演じて下さい” フェレンツ・フリッチャイはベートーヴェンの第1交響曲のリハーサル中にベルリン・フィルハーモニーのメンバーたちにこう呼びかけた。このハンガリー人が、あらゆる演奏技巧や音楽内容についていかに見事なコントロール法を準備してきたかを知るためには、直接、リハーサルに立ち会ってみなければならない。そこではヴァイオリン奏者のボーイングのすべて、管楽奏者の息継ぎ全部、強弱法の微細なニュアンスに至るまで分析されるのであり、打楽器奏者がトライアングルを上から叩くのと下から叩くのとは、この指揮者の絶対確実な聴覚にとっては同じことではないのである・・・劇的緊張感と室内楽的な緻密さはふたつの極であり、卓越した指揮者であるフリッチャイは、その間で客観性に優れた強みを発揮しているのである。
(1948年12月18日付「ノイエ・ツァイトゥング」)
PROC-1263/6ライナーノーツ—ルッツ・フォン・プーフェンドルフ/茂木一衞訳

精緻なる、同時に内なる灼熱の交響曲ハ長調。
そのエネルギーは、後期の入り口の、小さな交響曲ヘ長調にも垣間見ることができる。

新古典主義の音楽が、やはり20世紀の音楽といえるのと同様、ベートーヴェンの第8番の交響曲も、簡素で古典的な構成のなかにも、彼が1番から7番まで歩んできた足跡を濃厚に感じることができます。
~同上書P195

金聖響さんの言葉に僕は心から納得する。

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