
僕はこの作品をこの音盤を聴くまで誤解していた。
ようやく理解したときに思ったこと、それは、ピアノはもとより管弦楽伴奏の出来、というより独奏ピアノとのオーケストラの阿吽の呼吸が演奏の出来を厳しく左右するのだということ。
その意味で、クルト・ザンデルリンク指揮するコンセルトヘボウ管弦楽団をあえて指名した内田光子の慧眼は瞠目に価する。堂々たる管弦楽の響きは、まさにベートーヴェンの「ハ短調」作品に相応しいものであり、それにぴたっとついて彼の内なる心を表現する内田のピアノを見事に包含する母なる大宇宙のようなのだ。
最初の構想は、1796年にまで遡る。幾度かの推敲、改訂を経て、完成は1804年7月。
決して経済的に楽ではなかったであろう時期のベートーヴェンの渾身の作が、ここに花開いている。勇ましき第1楽章アレグロ・コン・ブリオの憂い、また、優美な第2楽章ラルゴの豊饒な歌。やはりコンセルトヘボウ管の息の長い伴奏が極めて美しい。しかし、僕がそれ以上の感動を覚えるのが終楽章ロンド,アレグロの、喜びを一つ一つ噛みしめて進む音の魔法。天才的だ(スタジオ録音である点がより一層音に磨きをかける結果につながっているのだろう)。
一方の、協奏曲ト長調はコンセルトヘボウにおけるライヴ録音。
清純な、最美の、第1楽章アレグロ・モデラート冒頭の独奏ピアノに感無量。ただし、やはりここでもオーケストラのニュアンス豊かな伴奏が出色。特に、カデンツァ手前の、絶妙なテンポ設定で揺れる情感を髣髴とさせる管弦楽が得も言われぬ感動を喚起する。
私の弟が役所の仕事でライプツィヒに行きます。私は彼にオペラの序曲のピアノ編曲、オラトリオ、新しいピアノ協奏曲を持たせます。あなたは新しい弦楽四重奏曲に関して同人と交渉することも可、うち1曲はもう完成、現在私はこの仕事にほとんど掛かりっきり。
(1806年7月5日付、ブライトコップ&ヘルテル社宛)
~大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P179
湯水のようにいとも容易く(?)傑作を生み出すベートーヴェンのマジックに言葉がない(しかし、それでも彼の懐具合は決して満足の行くものにはならなかったのだが)。
時間を経た後、楽聖の作品は、ついに人々の心を捉えて離さない。
続く、速めのテンポで颯爽とうねる第2楽章アンダンテ・コン・モートの暗い安寧、そして、終楽章ロンド,ヴィヴァーチェの歓喜の爆発。