アルゲリッチ シノーポリ指揮フィルハーモニア管 ベートーヴェン協奏曲第2番ほか(1985.5録音)を聴いて思ふ

3月29日の演奏を『ヴィーン新聞』は4月1日付で報道する。
「初日の幕間に有名なルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏は自作の全く新しいピアノ協奏曲をひっさげて登場し、聴衆の共感を得て喝采を浴びた」と。
それは作品19の彼の最初のピアノ協奏曲変ロ長調であった。第2日は彼は初めて公衆を前にしてファンタジーレンを披露した。第3日はモーツァルトのピアノ協奏曲(恐らくK.466のニ短調)をベートーヴェンのカデンツァで演奏している。貴族のサロンを抜け出して、公衆に自らの真価を問うたのである。

小松雄一郎編訳「新編ベートーヴェンの手紙(上)」(岩波文庫)P45

ベートーヴェンには常に挑戦があった。しかし、彼の精神がいつも完全であったわけではない。ウィーンに来てまもなく友人のエレオノーレに出した手紙の冒頭はこうだ。

この首都に来てやがてまる1年になりますのに、今になってやっとあなたに初めてのお手紙を差し上げる次第です。あなたの思い出は本当にいつも生き生きとわたしの胸の内にあります。
(1793年11月2日付、ボンのエレオノーレ・フォン・ブロイニング宛)
~同上書P27

孤独なベートーヴェン!
そして、その孤独を自ら拭い去るために彼は過去の思い出を「生き生き」と空想した。

ウィーンに旅立つ青年ベートーヴェンに向け、14人の友人たちの、活躍を祈念する言葉を集めた「記念帳」の中で、1792年10月29日に記されたヴァルトシュタイン伯爵による次の言葉が、とても素敵だ。期待どころか、ベートーヴェンはハイドン以上、モーツァルト以上の存在になった(と僕は思う)。

君は今、ウィーンに向けて旅立とうとしている、長年の願望を満たすために。モーツァルトの守護天使はその生徒の死をまだ悲しみ嘆いている。そこで尽き果てることのないハイドンに棲む場所を見出したのだが、彼のもとでは仕事はない。守護天使は彼をとおしてもう一度だれかと一体化したいと願っている。たゆまぬ努力をもって、君は、モーツァルトの精神をハイドンの手から受け取りたまえ。
平野昭著「作曲家◎人と作品シリーズ ベートーヴェン」(音楽之友社)P35-36

数多の友人の支えがあっての才能である。それゆえ、彼は全身全霊で音楽に取り組んだ。

“Allegro con brio”(生き生きと、速く)は、ベートーヴェンが初期から中期にかけて多用した速度記号である。文字通り、希望に満ちるその音調は、時に激しくも深刻な表情を見せるも、時に優雅で情緒的な側面に揺れ、ベートーヴェンの音楽の多様性、革新性を見事に表すものとして機能する。

ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19。
モーツァルトの形式を踏襲しながら、ベートーヴェンが自ら公衆に披露した音楽は、第1楽章アレグロ・コン・ブリオから喜びに溢れる。きっと彼は、心の中でエレオノーレ・フォン・ブロイニングの思い出に耽っていたことだろう。

ベートーヴェン:
・ピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15
・ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団(1985.5録音)

今さら僕が何かを言及するまでもない名盤。アルゲリッチのピアノが優しく囁く。シノーポリ指揮するオーケストラは慈愛の響き。何て雅な協奏曲変ロ長調。第2楽章アダージョに心が洗われ、終楽章ロンドに心が躍る。
アルゲリッチは、ピアノという楽器を忘れさせてくれる。そこには明確な意志はあれど、意図がない完璧なる音楽のみがある。その直観的演奏を見事にサポートするのがシノーポリのまた技量。ともすると知性に偏る彼の解釈が、ここではピアノを十分に包括するほど全脳的であり、また余裕がある。彼らが残りの協奏曲を録音しなかったことが残念でならない。

かれこれ30余年前、新幹線車中で見かけた初老の男性がうっとりとした表情でこの音盤を携帯CDプレーヤーで聴いておられたことをなぜか懐かしく思い出す。

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