
モーツァルト晩年のドイツ舞曲。
エーリヒ・クライバーによる、優雅だけれど、渾身の、力の入った舞曲は、隅から隅まで威風堂々とし、聴く者を心から愉しませる音調漲るもの。とてもこの1週間後に命を落とすことになるとは思えない。
同じく、エーリヒ・クライバーによるシューベルトの交響曲ハ長調「ザ・グレイト」も、強烈なパッションと、轟音響く音楽に冒頭から唖然とするほど。
いずれにも類稀なる生気がある。
薄命の天才作曲家の作品が、これほどまでの生命力を持っていたことにあらためて驚かされる。古い録音から、そして、実況録音でもないのに、まるで聴衆を目の前にしての演奏であるかのような火を噴くエネルギーに驚きを隠せない。
それは、モーツァルトの交響曲変ホ長調K.543についても然り。
もしも、実演に触れたらきっと火傷をしていただろう。
クライバー夫人がルガーノから電話をかけたのは、その2時間か3時間後のことだった。部屋から何の応答もなかったので、クライバーが出かけていることを確かめるために、アンチェスキが遣わされた。クライバーは特別に邪魔の入らないスイートルームを選んでいたので、ノックをしても返事がないのは異常なことではなかった。そこで彼はドアを開けた。ベッドルームにも誰もいなかったので、バスルームのドアを開けると、クライバーが風呂の中で死んでいるのを見つけた。どうしてそれが起こったのか、防ぐことができたのか。そんなことを知っても、何の役にも立たないが、ついつい推測してしまうものだ。ひとつ、確かなことがある。彼は溺れたのではなく、おそらく彼が望んだように一発の発作で沈んだのだ。
~ジョン・ラッセル著/クラシックジャーナル編集部・北村みちよ・加藤晶訳「エーリヒ・クライバー 信念の指揮者 その生涯」(アルファベータ)P291
ただし、クライバーの死の真相は実際のところ謎だ(自殺だという説もあるゆえ)。
いずれも指折りの名演奏。ただ、ドイツ舞曲もK.543も、なぜだかステレオ録音でないことが残念でならない。