フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル ベートーヴェン 第1番(1952.11録音)ほかを聴いて思ふ

ご病気のこと、エリーザベトからうかがいました。お話をうかがえばうかがうほど、ご同情申し上げます。私ももう何か月か同じ悪性の病気に悩まされ、いったい全快はいつのことやら、見当もつかないありさまなので、とうてい黙しているには忍びませんでした。いわば私たちは同病の身なわけで、その立場からお見舞いを申し上げ、ご全快を心からお祈りいたします。そして一日も早く―二人とも元気な姿で—再会できますよう、ひたすら願うばかりです。
(1952年11月、アントワーヌ・フォン・バヴィエ宛)
フランク・ティース編/仙北谷晃一訳「フルトヴェングラーの手紙」(白水社)P269

悲しいかな、この年7月のザルツブルク音楽祭でのリハーサル中にフルトヴェングラーは肺炎に倒れ、どういうわけかその病気は長引いた。1990年3月29日に、子息であるアンドレアス氏が語ったこの病にまつわる真相が興味深い。

初めのうち、私は本当に父の病気のことをまったく知りませんでした。でも、やがて父があらゆる種類のいろいろと異なった治療法を試していることに気づきました。一刻も早く回復したかったので、ありとあらゆる種類の診断に耳を傾けたのでしょうが、試したものは結局、的はずれでした。父のいとこが医師でスイスに住んでいました。よく電話をかけてきて、この分野の専門医とか、あの分野の専門医とかについて話していました。しかし実際には別の人がやって来て、それと違う意見を述べる、そして父はそれに従うという具合でした。そういうわけで、さらに別の医者がやって来ても、父があらゆる治療薬を試していたため、その病状を診断するのが非常に難しくなりました。問題だったのは父がテトラサイクリンという抗生物質を、かなり大量に摂取していたことでした。
サム・H・白川著/藤岡啓介・加藤功泰・斎藤静代訳「フルトヴェングラー悪魔の楽匠・下」(アルファベータ)P290

運命といえば運命なのか。この病が一見癒えたと思われた後、フルトヴェングラーの耳疾患が始まったのである。副作用による後遺症は彼を絶望に追いやり、それは同時に音楽家生命の限りなく終焉を意味していた。

一方で、この頃からフルトヴェングラーの奏でる音楽はより一層深遠さを獲得するようになる。例えば、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのベートーヴェンの交響曲録音は、モノラル録音であることが実に残念ではあるのだが、それを差し引いたとしても21世紀の現代にも影響を及ぼし得る、崇高で説得力のあるものだ。

ベートーヴェン:
・交響曲第1番ハ長調作品21(1952.11.24, 27&28録音)
・交響曲第4番変ロ長調作品60(1952.12.1-3録音)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ローレンス・コリングウッドのプロデュースによりこの時期に同時に収録されたのは他に第3番変ホ長調「英雄」。いずれも重厚という単語では片づけることのできない、宇宙的拡がりを持つ、主観と客観の両方を獲得したフルトヴェングラーにしか成し得ない唯一無二のベートーヴェン。

音楽のどの瞬間も、いまだにはっとさせられる魔法が潜む。
テンポの伸縮、リズムの動静、あるいはデュナーミクの漸強漸弱の妙。すべてが有機的なつながり、すなわちシステムの中にあり、今となっては時代遅れかという思いも過ったが、しかし、60年以上を経てもその光輝と香気は決して廃れない。

フルトヴェングラーが1954年に死んだ時、時代の好尚は彼から離れ、逆の方向に流れてゆくかのようにみえた。しかし、そうなればなるほど、彼の演奏は数えきれないほどのレコードとなって、世界中の音楽好きの間に拡がっていった。それは、終わったかと思うと、またどこからか掘り出され、湧き出てくる魔法の泉のようにみえる。これは、時代の流れが変わったようにみえればみえるほど、かえってフルトヴェングラーの中に、本当の音楽の「力」と「魅力」を求めつづける公衆のいる事実の裏づけではないだろうか。
(吉田秀和)
CC35-3161ライナーノーツ

なるほど、交響曲第1番ハ長調終楽章序奏アダージョの轟音、続く主部アレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェの、まるで中期「傑作の森」様式のような堂々たる有機的な響きこそフルトヴェングラーならでは。
あるいは、第4番変ロ長調第2楽章アダージョの、遅いテンポから繰り出される後期様式に通じる神への祈りの如くの清澄さ、また深遠さ。やはりベートーヴェンは一筋縄ではいかない。否、それこそフルトヴェングラーの天才の証。

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