ムストネン アシュケナージ指揮ベルリン・ドイツ響 ストラヴィンスキー カプリッチョ、ムーヴメンツほか(1992.8-9録音)を聴いて思ふ

本当のところ、多様性の欠如から生まれる単調と、多様なものの調和であり、多様性の尺度である統一性とのあいだでは、いかなる混同も可能ではありません。
「第6課 演奏について/エピローグ」
イーゴリ・ストラヴィンスキー著/笠羽映子訳「音楽の詩学」(未來社)P130

孤独なストラヴィンスキー、否、孤高のストラヴィンスキー。
ある日僕は、このジャケットに惹かれてこの音盤を手に取った。
そこには、ポピュラーだけれど、そしてセンス満点なのだけれど、どこか寂寥感を湛えるストラヴィンスキーの音楽があった。

彼は、長い人生の中で、手を変え、品を変え、自らの方法を探り続けた音楽家だ。その都度、答を発見したかのように見えたが、それはいつも最終結論ではなかった。
しかし、人生においてはプロセスが重要だ。結果などというのは本人含め誰にも予想できぬもの。いつどんなときも新たなことに挑戦し、称賛を浴びたり、また失笑を買ったり、すべてが大いなる経験だ。

ストラヴィンスキー:
・ピアノと管楽器のための協奏曲(1923-24)
・エボニー協奏曲(1945)
・ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ(1928-29)
・ピアノと管弦楽のためのムーヴメンツ(1958-59)
オリ・ムストネン(ピアノ)
ディミトリ・アシュケナージ(クラリネット)
ウラディーミル・アシュケナージ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団(1992.8-9録音)

まるで道化師のような風貌、滑稽な外観に潜む退廃的音調こそがストラヴィンスキーの魅力。年齢を重ねるにつれ、そこはかとなく染み渡る人間味と苦悩が、じわじわと感じられるのだから面白い。
エボニー協奏曲第2楽章アンダンテの、ブルース調の官能をディミトリ・アシュケナージは実に明るく伝える。また、第3楽章モデラートの風趣は、確かにキング・クリムゾンのいつかのアルバムで耳にしたようなものだ。何という気怠さ!しかし、何という喜び。
そして、カプリッチョ第1楽章プレストの勢いに、第2楽章アンダンテ・ラプソディコの繊細かつ急流のようなピアノと歌う管弦楽の絡みの美しさ。
ムストネンのピアノはあまりに自由に飛翔する。

実を言うと、私は、芸術史において、革命的であると見なされうる事象をひとつでも引きあいに出すことにたいへん困惑を覚えるでしょう。芸術は本質上建設的(創造的)なものです。革命は均衡の破壊を伴います。革命とは一時的な混沌です。ところで、芸術はカオスとは正反対のものです。芸術がその生き生きとした創造活動において、その実存自体において直接脅かされることなく、カオスに身を委ねることはありません。
「第1課 顔合わせ」
~同上書P13

ストラヴィンスキーは実に理論派だ。
音列主義の時代のムーヴメンツがとにかくかっこいい。

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