フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ハイドン 交響曲第88番(1951.12.5録音)ほか

感動とは人間の中にではなく、人と人の間にあるものだ。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー/芦津丈夫訳「音楽ノート」(白水社)

この言葉に彼の芸術のすべてがあるように思う。

徐に歩みを始める、高雅で意味深い響きの第1楽章序奏アダージョ。
主部アレグロの、軽やかながらいかにもフルトヴェングラーらしい厚みのある音楽に釘付け。テンポが絶妙に動き、聴く者の感情を揺さぶる様が見事である。空前絶後の名演奏だ。また、第2楽章ラルゴは、思い入れたっぷりで、音楽は芯からうねる。そして、第3楽章メヌエットは、単なる舞踊曲を超えた堂々たるもので、トリオの土俗的な音楽とともにとても懐かしい音。白眉はフルトヴェングラーらしからぬ(?)愉悦に富む終楽章アレグロ・コン・スピーリト。すべてが冷静かつ客観的でありながら迫真の音を示し、人々の魂を開放するだけの力に漲る。

・シューベルト:交響曲第9番ハ長調D944「グレート」(1951.11録音)
・ハイドン:交響曲第88番ト長調Hob.I:88「V字」(1951.12.5録音)

スタジオでのフルトヴェングラーは生温いという定説もあるが、70年近くの時を経ても決して色褪せない精神性と官能。こういう録音が残されているからこそ、フルトヴェングラーは永遠なのだとあらためて思う。

録音を通して僕はフルトヴェングラーと一体となった。
言葉を尽くしても語り尽くせぬ思い出と感動は、40年という時を超えて真に迫る。
あの頃感じた「何か」が僕の内側からまたしても込み上げる。
シューベルトはもちろん名演奏の名盤だ。
しかしながら、今の僕に必要なのは、ハイドンの、古典のフォルムの中に秘められた革新と鷹揚さの直観。南無・・・。

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