ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロマンティーク ヴェルディ レクイエム(1992.12録音)

妻ジュゼッピーナ・ストレッポーニからジュゼッペ・ヴェルディへの1880年4月21日付手紙。

「アイーダ」と「レクイエム」がちゃんと評価されないといって、あなたの頭はへんな考えでいっぱいなのね。いつものように、「もういい、ほっといてくれ!」と呟いていらっしゃる。世間ってそんなものなのです。せいぜい半年間の天才であるだけでなく、悪戦苦闘した「ナブッコ」のころの天才でもあるのですよ。違いといえば、あのころ人々は、大空にかかった星をみつけるために眼鏡をかけなくてはならなかったのに、今では星が眩しいほど燦然と輝いていることです。誰もがその光を受けて、自分も輝きたい。ほかの誰よりも目立ちたくて、それでよけいに光をあびたいのです。誰だって自分こそいちばんっていいたがる。そんな虚栄心の塊なのね。世の中ってそうなのよ。
クルト・パーレン著/池内紀訳「音楽家の恋文」(西村書店)P310

生活を共にして40年近く経過し、その間、夫が世の中に馳せる浮名をものともせず、彼女が夫ヴェルディを陰で支えてきた謙虚さというか慈悲の心が手に取るようにわかる恋文だ。どんな天才にも陰ながら応援してくれる人、それも女性の存在があった。彼女なくしてヴェルディなし。その意味で男は心が折れやすい。弱いのである。

盟友である詩人アレッサンドロ・マンゾーニの死に衝撃を受け、意気消沈したヴェルディは、しばらく後落ち着きを取り戻し、1周忌に演奏するべく鎮魂曲の作曲を決意する。

葬儀に参列する勇気がないので、近いうちに私ひとりで、ほかの人に知られないよう墓参するつもりです。

もう何もかも終わりです! 彼とともに私たちの栄光のもっとも純粋で、もっとも神聖で、もっとも気高いものが終わってしまいました。たくさんの新聞を読みました。どの記事もそうあるべきようには書かれていません。言葉にあふれていますが、それは本当に感じた言葉ではないのです。
小畑恒夫著「作曲家◎人と作品シリーズ ヴェルディ」(音楽之友社)P171

「レクイエム」は予定通りマンゾーニの1周忌である1874年5月22日、サン・マルコ寺院にてヴェルディ自身の指揮により初演。大成功を収めた。

ピリオド楽器での初録音を謳うジョン・エリオット・ガーディナー盤。

ヴェルディ:
・レクイエム(1873)
リューバ・オルゴナソヴァ(ソプラノ)
アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(メゾソプラノ)
ルカ・カノニチ(テノール)
アラステア・マイルズ(バス)
・聖歌四篇(1895/98)
ドナ・ブラウン(ソプラノ)
モンテヴェルディ合唱団
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロマンティーク(1992.12録音)

ソット・ヴォーチェの合唱の神々しさ。情の排された第1曲「入祭文とキリエ」がことのほか美しい。ここには安らかな光がある。続く、長大なる第2曲「怒りの日」は、合唱の勢いもさすがながらオーケストラのタイトでヴィヴィッドな反応に感動。死の恐怖とそれを鎮めるための祈りの音化の巧みさは、オペラ作曲家ならでは。ガーディナーの指揮もこのときばかりは一層の緊張感を湛える。
第3曲「奉献文」の経験さ、そして短い第4曲「サンクトゥス」の強烈な叫び!
第5曲「アニュス・デイ」は可憐で、第6曲「ルクス・エテルナ」は、冒頭、オッターのメゾソプラノ独唱が極めて神秘的かつ重く、美しい。さらに終曲「リベラ・メ」の荘厳さと、そこに内在するリアルな熱狂(「怒りの日」の合唱が再現するシーンの恐怖の慄き、そして静まった後の静寂の厳粛な心象)に言葉がない。
ジョン・エリオット・ガーディナーの信仰は明るいようだ。

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