フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ベートーヴェン 交響曲第5番(1954.5.23Live)ほか

ニイチェは、「アポロ的なるもの」と「ディオニソス的なるもの」への彫出において、はじめてこの二つの物の対立を記念碑的な意味をもって宣言しました。が今日の私たちにとっては、—ベートーヴェンの芸術に直面して―この二つは決して対立ではないこと、むしろ、決して絶対的な対立であってはならぬことを、理解することが大切です。この二つを結合させることが芸術の、ベートーヴェン的様式の芸術の課題です。
「ベートーヴェンと私たち」(1951)
フルトヴェングラー/芳賀檀訳「音と言葉」(新潮文庫)P64

人の運命というものの無情、あるいは生命の儚さ。
渾身の第5交響曲が、何と哀しく響くことか。もちろんそれは、彼のその後の宿命を知っているがゆえだろう。しかし、その事実を差し置いたとしても、この演奏は重く、儚い。

ヴィルヘルム・フルトヴェングラーのハインツ・ウンガー博士宛手紙。

現在のドイツは、かつてのドイツの半分ちょっとの大きさしかありません。それに対して、全ドイツに散らばっていた指揮者は、いまやみな西へ流れ込もうというありさまです。それだけならまだしもですが、聴衆の評価に一大混乱が始まったのです。聴衆が変わってしまったというのではありません。新聞雑誌や若い世代の作品が、かつての伝統についてもはや多くを知らないのです。そして、現代的で通俗的で、ことにアメリカからやって来る風潮におくれじと、血道をあげているのです。こちらにおいでになれば、なにかと様子が変わっていることをお感じになるでしょう。
私たちベルリン・フィルは、1955年3月、演奏旅行に出かけます。その節きっとトロントへもまいります。でもその前にお会いできるでしょう。いずれにしても、お目にかかる折を心待ちにしています。

(1954年6月17日付)
フランク・ティース編/仙北谷晃一訳「フルトヴェングラーの手紙」(白水社)P300-301

彼自身の行く末は、この後想像しない方向に向かうのだが、ドイツ音楽界の現況を危惧し、何とかせねばと躍起になるフルトヴェングラーの意志が伝わる。そして、当時、彼が演奏した音楽にも確かに、状況に対する戸惑いを超えた強い意志が刻印されることがわかる。

1954年5月23日、ベルリンでのベートーヴェン。
堂々たる節回し。そこにはもはや神々しいばかりの余裕が感じられるだろう。

ヴィルヘルム・フルトヴェングラーによるベートーヴェンの第5交響曲
3つの歴史的パフォーマンス
ベートーヴェン:
・交響曲第5番ハ短調作品67(1937.10.8&11.3録音)
・交響曲第5番ハ短調作品67(1943.6.30Live)
・交響曲第5番ハ短調作品67(1954.5.23Live)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

一方、戦時中(1943年6月30日)、定期演奏会での実況録音の放つ生命力。
燦然とした光輝満ちる録音とでも表現しようか、あるいはそれはナチス・ドイツの技術力の最高の発露なのか、どこをどう切り取ってもベートーヴェンの強い思念が見事に音化される。ここでのフルトヴェングラーは鬼神が乗り移るかのような完璧なドライヴ。

・・・ぼくは、ベルリンとウィーンの間を絶えず行ったり来たりしなければなりません―しかし、まだこの先すべてがどうなるかは、誰が知りましょう。なんども思うのですが、母上はマンハイムの大爆撃の一部始終を目と鼻の先に経験され、よりによってマンハイムがえらい目に会うことになったのですね。幾人かの旧友に手紙を出しましたが、なんの返事もありませんでした。あの美しい古い劇場も焼け落ちてしまったのですね。
(1943年9月? 母アーデルハイト・フルトヴェングラー宛)
~同上書P124-125

母への強い愛情と崩壊し行く世界の対比。自身の力が外部に何らの効果も及ぼせないと知ったときの哀感。心の中にこそリアルがあるのである。それゆえに、この演奏は不思議に明るい。希望がある。

そして、時間を遡って1937年のHMVへのレコーディングの安定感。
フルトヴェングラーが家族思いであったことを知る手紙たち。
いかにも彼は人間的な息子であり、また夫であり、父であった。

お父さんのほうは今日までずっと緊張の連続だった。だがそれも一段落、今度は義務でもあり仕事でもある指揮が始まるというわけだ。ぜんぜん意気上がらずだね。これから長いこと、家からもぼく自身からも離れてなくてはならないような気がしてね。
おまえがこっちへ来れればどんなによかったろう。コンサートだっていくつかは聴けたろうし、いろんなものは見られたし、日曜にはちょっとした旅行だってできたのに。それよりも、おしゃべりすることがいっぱいあったね。

(1937年10月13日付、娘フリーデリーケ宛)
~同上書P108

愛娘への優しさと愛情と。

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