リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管 J.S.バッハ マタイ受難曲BWV244(1969.4&5Live)

歴史をひもとくことの面白さ。

(1829年)3月11日、ベルリン・ジングアカデミーで、フェリックスは懸案であった《マタイ受難曲》を指揮した。個人的な成功以上に、この劇的な上演は若者に自分が託された使命を確信させた。すなわち人類に向かって、またその誕生を見、一世紀にわたって顧みなかったドイツ国民の中にこそまず初めにバッハのこの作品を復活させなければならないのだ。
レミ・ジャコブ著/作田清訳「メンデルスゾーン」P85

ヨハン・セバスティアン・バッハの音楽にある「癒し」の力に拝跪する。
しかし、彼の音楽は随分長い間すっかり忘れ去られていた。

私はフェーリクスの姿がつぶさに見られるように舞台の端に席を取り、とても大きなアルトの声をすぐ身近に聞きました。合唱は聞いたことがないほど情熱的で、説得力があり、そしてまた感動的な繊細さを持っていましたが、再演ではそれらは初演をさらに凌いでいました。(・・・)—満員のホールはまるで教会のように見えました。非常に深い静寂と非常におごそかな敬虔な気持ちが聴衆の中に溢れていました。聞こえてくるものといえば、深い感動から思わず知らずもれる言葉だけでした。
(1829年3月22日付、ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルのクリンゲマン宛書簡)
山下剛著「もう一人のメンデルスゾーン―ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの生涯」(未知谷)P84

ファニーの、コンサート前後の詳細な報告は、いかに「マタイ受難曲」復活蘇演が、人々に大きな感動をもたらし、また、多くの音楽家たちに影響を与えたかがよくわかるものだ。

「マタイ受難曲」の巨大さ、そして、美しさはもとより、そこに表現される大いなる愛、すなわち神の表現に僕はいつも心が揺れる。
1969年4月29日(及び5月5日)の東京文化会館。

・ヨハン・セバスティアン・バッハ:マタイ受難曲BWV244(1969.4.29&5.5Live)
ウルズラ・ブッケル(ソプラノ、アリア/第1の下女/ピラトの妻)
マルガ・ヘフゲン(アルト、アリア/第2の下女)
エルンスト・ヘフリガー(テノール、福音史家/アリア)
キート・エンゲン(バス、イエス)
ペーター・ファン・デア・ビルト(バス、アリア/ユダ/ペテロ/ピラト/大司祭)
カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ合唱団&管弦楽団
クルト・グントナー、クルト=クリスティアン・シュティール(ヴァイオリン)
パウル・マイゼン、ヘルベルト・ゼーグル、ディーター・ゾンターク、クリスティアーヌ・ニコレ(フルート)
クルト・ハウスマン、マンフレート・クレメント(オーボエ、オーボエ・ダモーレ)
エドガー・シャン、アンドレアス・シュヴィン(オーボエ・ダ・カッチャ)
ヨハネス・フィンク(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
通奏低音:
フリッツ・キスカルト、アレクサンダー・トイナー(チェロ)
ヘルベルト・ドゥフト、トーマス・シュナイダー=マルフェルス(コントラバス)
リヒャルト・ポップ、ペーター・ディーンシュトビア(ファゴット)
エルマー・シュローター、ヘトヴィヒ・ビルグラム(オルガン)

3種あるカール・リヒターの「マタイ受難曲」はどれもが畢生の名演奏だが、初来日時の浪漫溢れる実況録音盤は、ライヴならではの瑕を持つにせよ、相変わらずの聖なる峻厳な響きに、俗世的なパワーが加味された、おそらくその場に居合わせた人々が息を飲むような緊張感を強いられただろう代物だ。「マタイ受難曲」の筆舌に尽くし難い素晴らしさ。
中でもマルガ・ヘフゲンによる第47曲アリア「憐れみたまえ、わが神よ」の崇高な、哀感に満ちた音楽に言葉がない。

クライマックスは、何と言っても「十字架」のシーン以降。例えば、ゆっくりと思いを重ねて歌われるコラール「いつの日かわれ去り逝くとき」の意味深さ。そして、「埋葬」のシーンに至っては、全編が感動に満ち、(例えば)ペーター・ファン・デア・ビルトによる第75曲バスのアリア「わが心よ、おのれを潔めよ」の清らかさや、最終合唱「われら涙流しつつひざまずき」の天にも昇る祈りの深さに思わずひれ伏したくなるくらい。

本来なら今夜は、鈴木優人指揮東京交響楽団による「マタイ受難曲」(メンデルスゾーン1841年上演稿)(第678回定期演奏会)を聴く予定だったのだが、コンサートは新型コロナウィルス感染症拡大防止のため延期。ということで、久しぶりにリヒターの来日公演盤で心の渇きを癒した次第。

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