
何ヶ月かかけてじっくり読んだ。
亀山郁夫著「ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光」は、ショスタコーヴィチの作品を理解する上の指南となる名著だと思う。これから巨匠の音楽に触れようとする初心者にも、もちろんショスタコーヴィチをこよなく愛するフリークにも、どちらにも心の琴線に触れる箇所があることだろう。
1968年8月20日、ソヴィエト軍率いるワルシャワ条約機構軍が国境を突破し、チェコスロヴァキア全土を占領下に置く。
1968年は、粛々と過ぎたというのが正しい。健康上の理由により、ロシア作曲家同盟第一書記の地位を下りることができたのは幸いだった。そしてこの時期の最大の関心は、弦楽四重奏曲の執筆にあった。病状の悪化に苦しむ彼にとって政治はもはや彼岸の出来事だった。「プラハの春」をめぐる緊張が油断を許さぬものとなるなかで、弦楽四重奏曲第12番がベートーヴェン弦楽四重奏団によって初演される。
~亀山郁夫「ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光」(岩波書店)P423-424
冷戦という時代にあっての国家間の闘争は、人々を苦しめる。
言葉にならない圧力に屈しない人々は何を思ったことだろう。
そんな中、ショスタコーヴィチは持病による体調不良に悩まされていた。
弦楽四重奏曲第12番、初演前のショスタコーヴィチの言葉。
作曲家がもし、十二音音楽を書くという義務的な仕事を自分に課すとしたら、彼は芸術上自分の可能性やアイデアに制限を加えていることになる。こうした複雑なシステムの要素の使用が十分に正当化されるのは、それが、作曲というコンセプトに裏打ちされている場合である。
~同上書P425
あくまでも、旋律、リズム、和声という音楽の三大要素を死守せよというのが、ショスタコーヴィチの考えだったのだろう。そして、おそらくベートーヴェンの作品111をイメージしたのだろうか、2楽章制で、しかも第1楽章は全体の4分の1を占めるに過ぎない(この楽章はまた最初の34小節まで第2ヴァイオリンが沈黙するという異形にある)。しかし個人的には、それであるがゆえにこの作品によりシンパシーを覚えるのだ。
聴き込めば聴き込むほど味わいが深まる弦楽四重奏曲。
ショスタコーヴィチの内的告白の形は、死への怖れを少しずつだが表出する。これは間違いなく進化であり、深化だが、本人は様々な煩悩と闘わざるを得なかった。
最晩年のショスタコーヴィチは、成人ポリオや肺がんなどがもたらす迫りくる死の不安から、一曲一曲ごとに、自らの死と葬送に向けて怠りなく準備を試みていた。そのような営みが、ブレジネフ時代のソ連でどこまで公的なものとして許されるか、それはほかならぬショスタコーヴィチ自身にとって切実な問いだったにちがいない。
~同上書P425-426
答の見えないのが人生だ。
しかし、彼にとっての解答はすべて作品に表わされたといえる。
体制から逸脱することなく、しかし自由であること。
弦楽四重奏曲第12番が示すのはまずその点だ。そして、5つのパートから成る第2楽章は、いよいよ一切が統べる、単一楽章で書かれた次の第13番に引き継がれるための狼煙だといえまいか。死に向きあいながら、彼の精神は「純粋さ」「無垢さ」を取り戻していった。それも、十二音技法の方法を借りながら。
この時期のボロディン弦楽四重奏団の演奏は明快だ。
ボロディン・カルテットのショスタコーヴィチを聴いて思ふ 