もう17年近く前になると思うが、当時会社の同僚にDというアメリカ人がいた。まだ20歳そこらの留学生で、頭がキレ、日本語も流暢に話す気さくなやつであった。彼はユダヤ人で(敬虔なユダヤ教徒であったのかどうかは今となってはわからないが)、豚肉は絶対に食べないし、牛蒡などの根菜類も人間が食べるものではないというような目で見る、偏食傾向の強い男であったことを思い出す。そういう彼でも気さくで面白く、たかだか半年ほどであったが悲喜交々、共に同じ釜の飯を食うような仲で仕事をしたものだった。
確か当時、「We Can’t Dance」という名のGenesisの最新アルバムがリリースされたばかりの頃で、僕もいくつか彼らのアルバムを熱心に聴いていた時期であった。もともとは Peter Gabrielの音楽が好きで、Peterがリーダーを務めていたということからGenesisに興味を持ち始めたのだが、「有名になり、傲慢になっていく自分自身に嫌気がさした」ということでこのフロント・マンが突如脱退した後、ドラマーであったPhil Collinsがヴォーカルに抜擢されリリースされた最初のアルバムを、偶然事務所のCDラジカセで聴いていたとき、こんなことがあった。
かのDはアルバム・ジャケットを見るなり、顔をゆがめるようにして「どうしてこんなアルバムを聴いてるんだ?!信じられない!」と、まるで化け物でも見るかのような全否定で僕に詰め寄ってきたのだ。その調子があまりに恐かったので、どうしてかと聴くと、Phil Collinsは反ユダヤ思想をもった人間だという。だからGenesisは最悪だし、大嫌いだし、聴くのも憚られるというのだ。少なくともそれまでの僕の概念ではありえない考え方だったので正直驚いた。
なるほど、僕はPhilの立ち入った思想までは知らない。しかし、彼がそういうのだからそうなのかもしれない。まるでナチスやヒトラーを毛嫌いするかのようなPhilに対する口調だったので、それ以後事務所ではGenesisのアルバムは簡単にはかけられなくなったのだ。ただ、そうはいっても件の「A Trick of the Tail」はやっぱり名盤である。
80年代以降のポップ路線に走ったGenesisとは一線を画する、Peter在籍時の色合いを髣髴とさせながらも、「暗さ」を排除したプログレッシブ・ロック・アルバムである。1曲目の「Dance on a Volcano」に始まり、ラストの「Los Endos」まで高尚な音作りでありながら、小難しくなく飽きさせない「強み」をもつ傑作。Tony Banksが主導権を握り、Steve Hackettがギターを弾いているというだけでこうもカラーが違うのだから、人が人やモノに与える影響とは大変なものだと実感する。
人種とか国とか思想とか、そういう「概念」的なものをはずして、純粋に音楽に対峙すると素晴らしいのに、と僕はいつも思う。音楽に限らず、芸術全てに対してそうだ。
上記のDも当時セミナーを受講し、ポロポロと涙を流して感動していた。人に罪はない。育ってきた環境や体験、教育によってインプットされてしまった「概念」がブロックと化しているだけだ。
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