インマゼール クレメンティ ピアノフォルテのためのソナタ集(1979.10録音)

さて、クレメンティのことですが、この人は、律儀なチェンバリストです。でも、それだけの話です。右手が非常に達者に動きます。この人の主な技能は三度でパッサージュを弾くことです。ともかくこの人には趣味も感情もまったくなく、単に機械的に弾くだけの人です。
(1782年1月16日付、父レオポルト宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P47

随分な言い様だが、後に(わずか3年後!)モーツァルトが「魔笛」作曲の際、クレメンティのソナタから主題を拝借しているのだから厚顔無恥というのか何というのか。ただし、著作権の概念のない時代ゆえ、むしろモーツァルトは、主題の展開や扱いについては自分の方が圧倒的に上だと訴えかけるためにあえてクレメンティから旋律を取ったという解釈もできる。いずれにせよ鷹揚な時代だ。

ムツィオ・クレメンティは、かつてウラディーミル・ホロヴィッツが賞讃したように、(時代の趨勢の中で忘れられた存在ではあったが)決して凡庸な音楽家ではない。当時、ベートーヴェンはモーツァルトの作品よりもクレメンティを評価したほどで、フレーズの移ろいや音楽そのものの持つ情感のゆらぎや、様々な音調の作品に挑戦している点など、確かに創造性や(多くの有能な弟子を育てたことなど)リーダーシップに長けていただろうことがわかる。

ジョス・ファン・インマゼールによる、1795年ウィーン式のミヒャエル・ローゼンベルガー製ピアノフォルテによる演奏は、いずれもが瑞々しく、そしてまた軽快で、かつ貴い。

クレメンティ:ピアノフォルテのためのソナタ集
・ソナタ変ロ長調作品24-2(1788)
・ソナタ嬰ヘ短調作品25-5(1790)
・ソナタト長調作品37-2(1798)
・ソナタヘ短調作品13-6(1785)
ジョス・ファン・インマゼール(ピアノフォルテ)(1979.10録音)
※作品番号はアラン・タイソンによる

モーツァルトが「魔笛」の主題に引用したことで有名な作品24-2第1楽章アレグロ・コン・ブリオから音楽は活力に満ちる。また、愛らしく虚ろな第2楽章アンダンテの安寧はモーツァルトの緩徐楽章に決して劣るものではないだろう。終楽章ロンド(アレグロ・アッサイ)も快活で愉快。
そして、作品25-5の第1楽章アレグロ・コン・エスプレッシオーネに見る哀感こそクレメンティの神髄。ここでの陰陽合わせ持つ、いわば喜びと悲しみが錯綜する妙なる音調が何より素晴らしい。さらには、第2楽章レント・エ・パテティーコの(葬送音楽にも匹敵する)深み、あるいは終楽章プレストの開放!

作品37-2の第1楽章アレグロの堂々たる響きと第2楽章アダージョの静かな安息の対比が美しい。また、作品13-6第1楽章アレグロ・アジタートは短いながら熱のある音楽で、続く第2楽章ラルゴ・エ・ソステヌートの序奏のような役割を果たす。ちなみに、この楽章のバッハの無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調BWV1011の第4曲サラバンドにも似た音調は、何と切なくも、それでいて透明感あふれる音楽で、クレメンティの天才を感じさせる瞬間だ。
ちなみに、終楽章プレストなどは、後のベートーヴェンに明らかに影響を与えているだろう(ワルトシュタイン・ソナタ!)。

人気ブログランキング


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む