ヘレヴェッヘ指揮シャペル・ロワイヤル カンプラ レクイエム(1986.8録音)

エクサン=プロヴァンスの作曲家アンドレ・カンプラ。
彼は宗教音楽よりもオペラ・バレエの作曲家を目指していたらしい。実際、トゥールーズのサンテティエンヌ教会の楽長に従事するときも、宗教作品を書く傍ら密かに舞台作品を書いていたそうだ。

1722年のレクイエム。
内野允子さんによる解説には次のようにある。

カンプラの《レクイエム》は、イタリア的な要素とフランス的要素、敬虔さと粋(舞曲のリズム)、劇的な表現の面白さと和声的な面白さ、音色の対比の妙、それらを適度に混合したものであり、そのいずれかが突出して作風全体の雰囲気を破壊することはない。こうした作風の宗教音楽は、壮大さを良しとするルイ14世時代のものではなく、軽妙洒脱を旨とする新しい時代の思潮にこそふさわしいものであったろう。
~KKCC9204ライナーノーツ

確かにカンプラの志向した通り、信仰と劇的舞台が一つになったような作風は、ヘンデルの舞台作品、オラトリオなどを想像させる。「軽妙洒脱」という表現が的を射る。
一番は、鎮魂曲とは思えぬ、重苦しさの皆無の、あえて舞台での披露を意図したような俗的美しさの顕現だろう。フィリップ・ヘレヴェッヘの、決して堅苦しくない、音楽を楽しもうとする姿勢に僕は感応する。

・アンドレ・カンプラ:レクイエム
エリザベス・ボウドリー(ソプラノ)
モニク・ザネッティ(ソプラノ)
ジョゼ・ベネ(カウンターテノール)
ジョン・エルウェズ(テノール)
スティーヴン・ヴァーコー(バス)
フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮(1986.8録音)

「怒りの日」を欠いており、それは死とは恐れるべきものではないという思念の発露かどうか。音楽は終始静謐で、安息をもたらしてくれる。世界に何が起ころうとすべては調和に向かっているのだということを諭すように音楽は無心に、そして優雅に進行する。

レクイエムは元来カトリックの典礼音楽だが、それが次第に典礼の域を越え、大きく変わってゆく。現代においてはカトリックと全く無縁なレクイエムが作られており、むしろその方が主流である。そしてそこには、あらゆる宗教を超越した地球人としての祈りがこめられているのである。しかしレクイエムという名称は依然として使われている。「レクイエム」という言葉の持つ響きは宗教を超えて人々の心を捉えるものがあるからであろう。
井上太郎著「レクィエムの歴史 死と音楽との対話」(平凡社)P13

カンプラのレクイエムは、今のような不穏な、暗い空気に包まれる世界に必要な、軽妙な、そして明朗な祈りの音楽だ。文字通り魂を鎮めよと問われるよう。例えば、アニュス・デイ(神の子羊)でのエルウェズの優しい歌唱に僕は癒される(続く合唱の哀しみ!)。

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