モントゥー指揮ロンドン響 ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」(リハーサル付)(1962.6録音)ほか

孔子は音楽を重んじ、「楽」をもって「和」とした。
中でも、五帝のひとりである舜帝が作った「韶(しょう)」は、中国の雅楽で、その音楽によって龍など、いわゆる聖なる動物が現れたと伝えられている。当時「韶」は聖人君子のみが聴くことのできた作品であり、我々のような凡人が耳にすることはまずなかった。

孔子が斉の国に滞在していたときのこと、彼は聖天子舜の徳をたたえた韶楽をきき、その楽を数ヵ月学んだが、曲のあまりの美しさに感嘆して、肉を食べてもその味がわからないほどだったという。そして、そのあげくこう洩らした。
図ラザリキ、楽ヲ為ルコトノ斯ニ至ラントハ。
「音楽というものが、これほど見事につくられるものとは、思いもよらなかった!」というのである。
孔子をそれほど感嘆させた韶楽なるものが、いったいどのような曲だったのか、残念ながらわかっていない。手がかりがないので復元のしようがないのである。しかし、孔子は再三にわたってこの曲を称讃し、「美をつくし、善をつくしたもの」とまでいっている。そうまでいわれると、いよいよその曲をきいてみたくなるが、いまのところ、それは幻の名曲というほかない。

森本哲郎「音楽への旅」(音楽之友社)P203-204

ところで、なぜベートーヴェンが「楽聖」と呼ばれるのか?
僕は、孔子が耳にした韶楽にこそヒントがあるように思う。
ベートーヴェンは、身体、すなわち仮のものの耳(聴覚)は失ったが、魂、すなわち真の耳(聴覚)で音を聴き、音楽を創造することができた。「聖」という字は「耳」を「呈する」と書く。それは、創造主とつながり、創造主の声を聴くことができたという証だ。
孔子の称讃の条件が、美であり、善であるなら、そのことを徹底的に追究できたのがベートーヴェンその人だったのである。彼の音楽のすべては究極の美を呈し、そしてまた善に至る傑作だ。

ところで、むかし中国では天下を統一して天子が位につくと、その徳をたたえた曲をつくって奉祝した。黄帝の奉祝曲は「雲門」と呼ばれ、堯帝のそれは「咸地」、そして舜帝の曲が「大韶」と称される。さらに兎王の楽が「大夏」、湯王の曲が「大濩」、そして武王のそれは「大武」と称され。この6つの曲を「六楽」という。このなかで孔子が激賞したのが韶楽、すなわち舜帝の「大韶」である。それに対して「大武」を孔子は、こう評している。
 美ヲ尽セルモ、未ダ善ヲ尽サズ。
つまり、武王をたたえた「大武」の曲はたしかに美しいが、しかし、美の奥にあるはずの善を表現しきっていないというのだ。

~同上書P204

この解説に僕は膝を打った。
同様に、偉大なるベートーヴェンの傑作たちは、永遠だ。

ベートーヴェン:
・交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」(1962.6録音)
・リハーサル(第1楽章、第2楽章、第3楽章)(1962.6録音)
クロード・ジョゼフ・ルージェ・ド・リール:
・ラ・マルセイエーズ(フランス国家)リハーサル(1962.6録音)
ベートーヴェン:
・「レオノーレ」序曲第3番作品72b(1959.10.15-16録音)
エリザベート・ゼーダーシュトレーム(ソプラノ)
レジーナ・レズニック(アルト)
ジョン・ヴィッカーズ(テノール)
デイヴィッド・ウォード(バス)
ロンドン・バッハ合唱団
ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団

最晩年のモントゥーの棒は意外に軽い。表現も若々しく、決して鈍重にならない。フランス的エスプリ、洗練された音調が、ドイツ音楽が重厚でなければならないという概念を吹き飛ばし、聴く者に快感を与えてくれる。それは何より付録のリハーサル風景を聴けばわかる。

第九に刻まれる「皆大歓喜」という思想が何と明るく大らかに奏でられることか。これぞ「和」の顕現であり、美と善を尽くした至高の作品であり、また、最高の演奏の一つであると思う。それにしてもモントゥーの指導はきめ細やかだ。指揮者の指示にオーケストラが応えてゆく様子に、ベートーヴェンの音楽の素晴らしさと、奏者から作品と指揮者への尊敬の念が湧き上がることがわかる。ことに崇高な第3楽章アダージョ・モルト・エ・カンタービレが素晴らしい。

初CD化となった「レオノーレ」序曲第3番がまた素晴らしい出来。冒頭の和音から意味深く、実に神々しい響き。全体は引き締まり、激しい箇所は激しく、静かな祈りの箇所は敬虔に。

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