ウィーン・フィルハーモニア五重奏団 ブルックナー 弦楽五重奏曲ほか(1974.4録音)

グレン・グールドが最も評価したブルックナー作品。
傑作弦楽五重奏曲ヘ長調。

いずれにせよ、私がブルックナーの弦楽五重奏曲を初めて聴いたのはその頃、1950年頃のことです。一度聴いてすぐに大好きになりました。私見では、これはミサ曲ホ短調と並ぶ彼の最高傑作に数えられますし、彼の交響的様式が押しつけてくる悩みを完全に回避している唯一の作品なのです。つまり、悩みとは、第2主題でほとんど決まったように現われる窮屈なリズム、延々と続き、融通の利かない転調による反復進行、そしてぎこちない偽終始です。
グレン・グールド、ジョン・P.L.ロバーツ/宮澤淳一訳「グレン・グールド発言集」(みすず書房)P137-138

若きグールドがはまったその作品は、ブルックナーが自発的に創作したものでないところがまた興味深い。ただし、曲は終始実に美しい。確かにグールドの言う(シューベルト的)執拗さが取り除かれており、それでいて個性豊かで、ブルックナーを十分に堪能できるのである。

・ブルックナー:弦楽五重奏曲ヘ長調(1879)
・フランツ・シュミット:ピアノ五重奏曲ト長調(1926)
ウィーン・フィルハーモニア五重奏団
エドゥアルド・ムラゼク(ピアノ)
ヴォルフガング・ポドュシュカ(第1ヴァイオリン)
アルフレート・シュタール(第2ヴァイオリン)
ヨーゼフ・シュタール(第1ヴィオラ)
ヘルムート・ヴァイス(第2ヴィオラ)
ヴォルフガング・ヘルツェル(チェロ)(1974.4録音)

ブルックナーの全交響曲の緩徐楽章に勝るとも劣らぬ第3楽章アダージョの静けさ、透明さ、あるいは神々しさ。大自然の雄大な情景と、人間存在の大歓喜がまるで一体となるような音調に、初めて聴いたとき(グールドのように)痺れた(かつて柴田南雄氏が、ベートーヴェンの後期四重奏曲の真の精神的継承作品だと言ったそうだが、まさにその通り!)。

ところで、ブルックナーは、さきに引用したタッペルト宛1878年12月9日の手紙に「現在、私はヘ長調の弦楽五重奏曲を書いています。ヘルメスベルガーがしきりに頼んでくるものですから」と記している。ヘルメスベルガーは1861年11月、ブルックナーがウィーンで和声学および対位法の教授資格能力にかんする試験を受けたときの試験官のひとりで、ブルックナーの才能を評価した彼は自分の弦楽四重奏団のために作曲するよううながしたが、その時点ではブルックナーはまだ彼の希望に応じることができなかった。また、ヘルメスベルガーにしてみれば、宮廷楽長の地位がブルックナーではなく、自分に与えられたことにかんして、何らかの補償をしたい、といった気持ちが生じたこともありえよう。作曲は第1楽章から始まり、翌1879年3月31日に緩徐楽章(当初は第2楽章として)が完成、5月23日に第4楽章のスケッチができ上がり、6月25日に第4楽章の総譜が完成。7月12日にスケルツォ(当初は第3楽章)の完成とともに、全曲の完成となった。
根岸一美「作曲家◎人と作品シリーズ ブルックナー」(音楽之友社)P86

気持ちが乗らないまま、義務的に書き始めたのだとしても、ブルックナーの天才は何ら綻びることがない。

一方、第1次世界大戦で右手を失くしたパウル・ヴィトゲンシュタインのために書かれたシュミットのピアノ五重奏曲は、後にフリードリヒ・ヴューラーによって両手用にもアレンジされており、本録音は後者によるものだ。
いかにもウィーン風の、また少々神秘さを煽る音調が意味深い。
幼少の頃の思い出を喚起する第2楽章アダージョのとても懐かしい響きに心が動く。

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