ジャン=ベルナール・ポミエ ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第19番作品49-1ほか(1992録音)

ベートーヴェンの、あるいは彼にまつわる、残された書簡や筆記帳。
作曲のこと、販路のこと、あるいは売価など、実に生活臭がプンプンして面白い。

1802年11月23日付、弟カールのアンドレ宛書簡。

交響曲第2番とピアノ協奏曲第3番をそれぞれ300グルデン、いずれもヴィーン価で。
大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P137

これが高いのか安いのかはわからない。しかし、こういう苦心あっての後世への貢献だと考えると、何にせよ地道に生きることは大事だと痛感する。なお、この手紙の後段には次のようにある。

兄はそのような小さなものにもうあまり関わらず、オラトリオ、オペラその他のみ書きます。
その他に手元にあるのは、ヴァイオリンのための管弦楽伴奏付アダージョ2曲(作品40と50)、価格は135グルデン、それから2つの易しいソナタ(作品49)、いずれも2楽章で、280グルデンでどうぞ。

~同上書P137

果たしてそういう大曲ばかりに時間と労力を使うわけにはいかなかった。
おそらくこの頃はベートーヴェンにとって最も充実していた、心身共に輝かしい時代ではなかったか。

易しいソナタとはいえ、稀代の名曲。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第17番ニ短調作品31-2「テンペスト」
・ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調作品31-3
・ピアノ・ソナタ第19番ト短調作品49-1
・ピアノ・ソナタ第20番ト長調作品49-2
ジャン=ベルナール・ポミエ(ピアノ)

ポミエのベートーヴェン全集からの1枚。
未だ10代の頃、確かポミエの演奏による名曲集をレコードで聴いたのが最初だった。今やほとんど耳にすることのない「乙女の祈り」や「エリーゼのために」を繰り返し聴いた。おそらく刷り込みもあろうが、ポミエのピアノの音は、柔らかく洒落ていて、それがどうにもベートーヴェンに合うのかどうなのか、聴く前は疑問だったけれど、何の何の。「テンペスト」など、鷹揚とした安心感のある演奏で、隅から隅まで素晴らしい。もちろん愛する作品31-3も第1楽章アレグロから意志のある、同時に思い入れたっぷりの表情を持った名演で、純ドイツ風の味わいに感激する。
ただし、一層素晴らしいのは作品49の(陰陽二気二元世界の象徴たる)小さいソナタたち。
作品49-1第1楽章アンダンテの(生かされていることへの)安寧、そして第2楽章ロンドの(生きることへの)喜び。

僕の体力も知力も、今ほど強まっていることはかつてない。・・・僕の若さは今始まりかけたばかりなのだ。一日一日が僕を目標へ近づける、—自分では定義できずに予感しているその目標へ。おお、僕がこの病気から治ることさえできたら、僕は全世界を抱きしめるだろうに!・・・少しも仕事の手は休めない。眠る間の休息以外には休息というものを知らずに暮らしている。以前よりは多くの時間を睡眠に与えねばならないことさえ今の僕には不幸の種になる。今の不幸の重荷を半分だけでも取り除くことができたらどんなにいいか・・・このままではとうていやりきれない。—運命の喉元をしめつけてやる。断じて全部的に参ってはやらない。おお、人生を千倍にも生きられたらどんなにいいか!
ロマン・ロラン著/片山敏彦訳「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)P33

ハイリゲンシュタットの遺書が本当に遺書たるものかどうかは正しく判断できないけれど、この心の内の発露こそベートーヴェンの本懐だったのだろうと想像する。
確かにこの頃に2つの易しいソナタは生み出されたのだ。
青春の(?)ベートーヴェンの、苦悩ゆえの、逆境に抗う精神の美しさ。

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