「私の人生の年代記~ストラヴィンスキー自伝」が面白い。
例えば、セルゲイ・ディアギレフとの出逢いと思い出、バレエ・リュス、そしてニジンスキーのこと。ちょうどその頃の彼の脳裏に去来した様々な想いが回想、告白されており、いわゆる三大バレエを聴くことに一層の興味を見出す。前にも書いたように、「春の祭典」を作曲の頃、ディアギレフにバイロイトで「パルジファル」を聴きに行くよう誘われたものの、かの作品がまったく論外の邪道的作品だと明言していることは驚きだったが、それ以上に彼が「音楽の何たるや」がはっきりわかっていたことを知り、膝を打った。以下、同書より抜粋。
音楽は、人間が現在を存在させる唯一の領域である。人間は、その特定の不安定さから、時間―過去や未来というそのカテゴリー―の流れを耐え忍ぶよう定められ、現在というカテゴリーを現実の、したがって安定したものとすることは決してできないのだ。
音楽という現象は、物事のなかにひとつの秩序を、人間と時間とのあいだの秩序をも含め、そしてとりわけ人間と時間とのあいだにひとつの秩序を設定することを唯一の目的に、私たちに与えられている。現実のものとなるために、音楽現象はしたがって、必ずまたひたすらひとつの構築を必要とする。いちど構築がなされ、秩序が達成されれば、すべては言われたことになる。そこに何か違うものを求めたり、期待しても無駄だろう。私たちの内部に、まったく特別な性格をもった感動を生み出すのはまさにそうした構築、そうした成就した秩序であり、それは日常生活の諸印象とはなんら共通するものをもたない。
(笠羽映子訳:P66)
これは音楽再生技術がまだまだ一般庶民には浸透していなかった1935年から36年にかけて著された自伝ゆえ、ここで述べられる「音楽」というのはあくまで実演を指すのだと僕は考える。本来音楽とは2度と「同じ」ものを再現できないものだから。音楽をするということ(演奏する側にとっても聴く側にとっても)はそもそも一期一会なのである(もちろん録音芸術だって上記の言は当てはまるが)。
まさに「いまここ」というものを体感できる唯一のものが音楽だとストラヴィンスキーは言い切る(逆に言うと、人間とは常に過去を悔やみ、未来を不安に思う愚か者だと)。過ぎ去った音は消えてなくなり、まだ来ぬ音は当然聴こえない。現在この瞬間に鳴っている音の積み重ねにより人々に「生きる喜び」を体現させる音楽芸術。バレエ・リュスとのコラボもそういう意志の下創造されたものだと「わかって」聴くと殊更感慨深い。
ストラヴィンスキー:
・バレエ音楽「火の鳥」組曲(1919年版)
・バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)
ジュリアス・カッチェン(ピアノ)
ピエール・モントゥー指揮パリ音楽院管弦楽団(GT9050)
ストラヴィンスキーの一連のバレエ音楽を初演した頃のモントゥーは30代後半。あのスキャンダルをもたらしたシャンゼリゼ劇場の「祭典」のとき、若き巨匠は何を思ったのか・・・。その時は、音楽の前衛性もさることながらニジンスキーの振付も相当にエキセントリックに映ったことだろう(翌年の再演時の大成功を考えると尚更そう)。
私がニジンスキーを間近から観察する機会をもったのはそのころ(1909年頃)である。彼はほとんど話さなかった。そして話すと、彼の歳にしては知的に未発達な青年という印象がするのだった。けれどもそうしたことが表に出るたびに、つねに彼のそばにいたディアギレフは、その相当厄介な欠点が気づかれないよう必ず非常に上手に直してやるのだった。
P36
彼(ディアギレフ)においてまず私の心を奪ったのは、彼が自分の目的を追求するさいに手放さない忍耐力と粘り強さの度合いである。この人物といっしょに仕事をするのはつねに恐ろしいと同時に安心なことだった。それほどその精神力は並外れていた。意見の相違があるたびに、彼との論争はとてもきつく、疲れるものだったので恐ろしかった。彼といっしょであると、意見の相違がない場合にはつねに目的達成を確信できるので、安心だった。
P36-37
1914年の4月だったと思うが、「祭典」と「ペトルーシュカ」がパリで初めて演奏会形式で、モントゥーの指揮により演奏された。「祭典」については、シャンゼリゼ劇場でのスキャンダルのあと、輝かしい名誉回復となった。会場は超満員だった。聴衆はもはや舞台に気を逸らされることなく、私の作品に注意深く耳を傾け、熱狂的に拍手喝采した。私はとても感動した。そのような熱狂を私はまるで予期していなかった。
P63-64
ストラヴィンスキーの奇跡はディアギレフとモントゥーの存在なくしてなかったということだ。聖愚者ニジンスキーと彼を縦横にコントロールする稀代の名プロデューサー、ディアギレフ。これぞ三位一体。初演者モントゥーが1956年に録音したアナログ盤の素朴な味わいは僕の宝物。
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