フォーレがこの世を去った1924年には、第三共和制下のフランスは強国としての絶頂期を迎えていたが、その頃には電燈、レコード、自動車、飛行機などが現われ、キュービズム後の抽象芸術も生み出されていた。カンディンスキー58歳、ピカソ43歳、ベルクは3年前に「ヴォツェック」を完成し、メシアンは初期の作品を制作中であり、シェーンベルクは十二音技法の原理を確立しており、そしてヴァレーズは「オクタンドル」を作曲していた。またさらに驚くべきことは、フォーレがエドガー・ヴァレーズのパリ国立音楽院入学許可証に署名している事実である。この記録は、ベルリオーズに出合い、シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」を聞いたフォーレの生涯における、音楽語法の激動の模様を伝えている。
~ジャン=ミシェル・ネクトゥー著/大谷千正編訳「ガブリエル・フォーレ」(新評論)P14
音楽史の(ある意味)過渡期を生きたガブリエル・フォーレの音楽は、保守と革新を常に往来する。それまでにない「何か」がそこにはあり、独自の方法をもって再現されることを希求する音楽なのだと僕は思う。洗練すること、錬磨することは重要だが、過ぎてはフォーレの長所をスポイルしかねない、そんなことを考えた時、かつてリリースの頃の雑誌記事を見て、膝を打った。粟津則雄、三浦淳史、村上陽一郎、三氏による鼎談「今月きいたレコード」には次のようにある。
三浦 また、カラヤンでなくてよかった。やはりカラヤンだと、潔癖症的に磨いちゃうでしょう。あまり磨かないほうがやはりいいですね。
粟津 そうね。フォーレ独特のくすんで柔らかーい音色があまり鋭くなり過ぎたりピカピカすると、これはもうぶち壊しになるから。
三浦 そうなんですよね。金ピカにしちゃうとフォーレが死んじゃいますからね。いかにも地方のオーケストラらしいくすんだ美しさがこれにはよく出ているんですよね。
村上 そうね。パリ管でなくてよかったかな。うん、なるほどね。それと、何といっても程(てい)がいいですね、これは。ほんと程(てい)がいいなあ。
~「レコード芸術」1982年5月号P144
ブラームスとはまた違う、ブラームスの頑固さとは異なる「くすみ」こそフォーレの本懐。ミシェル・プラッソンの名盤をあらためてひもといた。
渋い作品たちだが、それぞれ全曲が収録されていて、何度耳にしても新鮮な感動が喚起される名演奏。何よりシュターデやゲッダを起用したレコード会社の英断を賞賛すべしだが、それにしても当時46歳のプラッソンの、フォーレへの献身の度合いが素晴らしい。
ちなみに、「マスクとベルガマスク」には、シルヴェストルの詩による合唱曲「マドリガル」作品35、ヴェルレーヌの詩による「月の光」作品46-2、そしてリンダ・シェシスのフルート独奏による「パヴァーヌ」作品50が含まれており、それらが音楽全体を多様で一層緊張感のあるものにし、哀感をより深めている点が喜ばしい(それにしても「シャイロック」の夜想曲の格別なる美しさ!)。
あるいは、協奏作品を中心に編んだ2枚目の愉悦。
世界的精鋭を起用した協奏作品の潤いと官能。
40年という時を経てさえ、永遠の新鮮さを保つマジック。フォーレの神髄を表す「歌」の素晴らしさ。ユゴーの詩による「鬼神」の浪漫、そして、「カリギュラ」冒頭、合唱を伴うファンファーレの光輝に目(耳?)を瞠る。
最後は、ホメロスの「オデュッセイア」に歌われた、英雄オデュッセウスと、その帰国を待つ妻ペネロペイアの物語「ペネロープ」前奏曲。それは、悲しくも激しく、また切ない。