噂によると、当日、聴衆が興奮の坩堝と化したコンサートだったという。
確かに、終楽章のコーダをあえてアンコールに選んだというのだから、それは凄いものだっただろうことが想像できた。
果たして音盤化されたその演奏を初めて聴いたとき、僕は興奮した。
小林の聴衆への短い挨拶。「小さなモチーフが徐々に大きな光となって変容して勝利のファンファーレとして爆発するところからたった40秒ですが、それでお別れしたいと思います」。小林の音楽と同じく誠実そのものではないか。
(野村和寿)
~OVCL-00001ライナーノーツ
輝かしいばかりの、勝利の交響曲は、第1楽章モデラート—アレグロ・ノン・トロッポから指揮者の唸り声を伴い、相当気合いの入ったものであることがわかる。小林研一郎渾身のショスタコーヴィチに、オーケストラも聴衆も、感極まった様子が、終演後の悲鳴のような喝采から感じ取れる。
おそらく一世一代と言っても過言でないほど力の入った演奏だったのだと思う。第2楽章アレグレットは、どちらかというと抑制された、しかし、弦楽器も金管群も、そして打楽器も、一つ一つが猛烈な情熱をもって演奏されていることが手に取るように熱いものだ。
楽章を追うごとに放出される途轍もないエネルギーは、一旦第3楽章ラルゴでピークを迎える。壮絶な嘆きの歌が恐るべき集中力を保って奏される様に、当日の聴衆の居ても立ってもいられない感動を想像する(指揮者の唸りが一層激しくなる)。
・ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調作品47
小林研一郎指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団(1999.2.18Live)
愛知県芸術劇場コンサートホールでの実況録音。何といっても素晴らしいのは、やはり終楽章アレグロ・ノン・トロッポの爆発!!まるで生物の如く蠢く音楽の底力というのか、地に堕ちた名誉を回復するために短期間で書き上げられた交響曲のいわば「勝利の宣言」に、わかっていても聴衆は煽動されるのである。さすがに小林の十八番だといえよう。
結果的にその交響曲は、聴衆の間で忘れることのできないほどの大成功を収めた。その場に居合わせたある者は、ラルゴの最中に男女を問わず、観客が人目も気にせず声をあげて泣いていたと、そのときの思い出を語っているし、また別の者の記憶では最終楽章が終わりに近づくにつれて、聴衆が一人また一人と起立し始め、演奏が終了してムラヴィンスキーがスコアを頭上で振ったとたん、耳をつんざくほどの拍手喝采が沸き起こったという。
~ローレル・E・ファーイ著 藤岡啓介/佐々木千恵訳「ショスタコーヴィチある生涯」(アルファベータ)P138
1937年11月21日の初演の様子はそんなところだったそうだが、同様の感激が得られたのではないかと思わせるほど、この日の小林の演奏は熱い。