ヨッフム指揮シュターツカペレ・ドレスデン ブルックナー 交響曲第1番(1978.12録音)

この〈1番〉には、40歳にしてようやく片鱗を見せ始めた野人的天才が、思ったままの着想をそのまま書き連ねていったみたいな、八方破れの面白さがある。カットの仕方によっては凄い宝石になりそうなゴツゴツした原石が、最小単位になっているのだ。
石と石の間にはけっこう隙間はあっても、だからといって崩れるわけではない。それらの形の大きさを、あまり考慮せずに積み上げて城壁にしてしまったのがリンツ稿。一方、原石を一つ一つブロック化し、レンガのように隙間なく積み上げたのがウィーン稿。建築的には強固になり、外観的にもより磨き上げられたものになった。

金子建志著「こだわり派のための名曲徹底分析—ブルックナーの交響曲」(音楽之友社)P40

何と言い得た表現であることか。
武骨で素朴でありながら、それゆえの自然体の美しさが映えるアントン・ブルックナーの交響曲第1番。オイゲン・ヨッフムの表現がまた思い入れに溢れて素晴らしい。

このことに関連して忘れてはならないのは、この時期にリヒャルト・ヴァーグナー体験がブルックナーに忍び寄っていることである。1863年に彼はリンツで“タンホイザー”を聴いたが、また1865年にはミュンヘンで“トリスタンとイゾルデ”が上演されたときにヴァーグナーと個人的に知り合っている。この数年はブルックナーにとって最も強烈な内的発展の時代であったに違いない。彼は多くの重要な影響を受けたが、彼自身からも力強いものがほとばしり出て、それは形をとって実行に移されることを早急に求めていた。だから、体の方がそれに伴わなくなる恐れがあって、1867年にクロイツェン温泉へ神経症の治療に行かなければならなかったことは、容易に想像できる。
(1953年10月、レオポルト・ノヴァーク/大崎滋生訳による序文)
~ミニチュアスコア「交響曲第1番ハ短調」(音楽之友社)

ヨーロッパを席巻したワーグナーの毒(?)。
知の巨人たるワーグナーですら、最後の一点を欠いたゆえ、今となっては前時代的だといえるその思想も音楽も・・・。しかし、時代の最先端を走っていた彼の影響を見事に正面から受け止め、さらに自身の色合いとうまく混淆させながらブルックナーは、孤高の方法を生み出していった。最晩年にはウィーン稿も作られるが、剛毅で荒々しい要素を残したリンツ稿がやはり素晴らしい。

・ブルックナー:交響曲第1番ハ短調(ノヴァーク校訂リンツ稿)
オイゲン・ヨッフム指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1978.12録音)

第1楽章アレグロから(聴く者の魂を吹き飛ばすほどの)気迫に満ちる。人の心をワクワクさせるだけの力に漲るのである。白眉は大自然と一体となる美しき第2楽章アダージョ。同時に、野人踊る第3楽章スケルツォに対比的なトリオの素朴な響きに心が休む。そして、終楽章の大いなる音響はブルックナーの確信的な魂の叫びであり、それに感化され、丁寧に音化するヨッフムの業。

ブルックナーの交響曲第1番が素晴らしい。

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