
緩急鋭いテンポの妙。いかにも動的、かつ劇的な演奏にマタチッチの職人魂を思う。
おそらくNHK交響楽団に客演する全盛期になるのだろうか、オーケストラの音が明らかに他とは違う重厚さ。
チャイコフスキーの交響曲第5番ホ短調作品64。
ベルリオーズの固定楽想を参照し、チャイコフスキーならではのロシア的音調を駆使しながら、運命の明暗を音化した傑作が聴く者の魂を揺るがす。颯爽としたテンポで小気味良くうねる音楽の粋。これはその日その場で実演を聴いた人たちはきっとのけ反るくらい感動したことだろう。
・モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466
・チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調作品64
弘中孝(ピアノ)
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮NHK交響楽団(1975.11.19Live)
NHKホールでの実況録音。
第2楽章アンダンテ・カンタービレの暗澹たる(?)風趣が、勢い良く、かつ生き生きと歌われる様子にマタチッチの思い入れとオーケストラの指揮者への尊敬の思念を思う。転じて、軽快な第3楽章アレグロ・モデラートの喜び。そして、絶賛すべきは終楽章序奏の静かながら荘厳な主題回帰(金管群の圧倒的煌びやかさ!)と、続く主部アレグロ・ヴィヴァーチェの豪壮かつ動的な再生(テンポの揺れの激しさよ)に言葉を失う(その場に居合わせることの出来な聴衆は何と幸せだったことだろう)。聴衆の大歓喜の爆発よ!
モーツァルトのニ短調協奏曲がまた素晴らしい。第1楽章アレグロ冒頭からオーケストラの剛毅かつ重みのある響きがマタチッチの精神性そのものだ。弘中孝の回想がすべてを物語る。
わたしが初めてロヴロ・フォン・マタチッチ氏に会ったのは、このCDに収められているK.466のコンチェルトのリハーサルのために行った高輪のN響の練習場でした。マタチッチ氏の第一印象は、「なんと大きな人だろう」だったのですが、後にこの「大きな」はマエストロの外見だけではなく、音楽そのものを表していることに気づくことになりました。とにかく、その音楽の息の長さ、呼吸の深さ、そして自然さは、自分がそれまでに体験したことのないすばらしいものであることに・・・。
「巨匠マタチッチの思い出」
弘中のピアノもマタチッチに同調し、実に呼吸の深いもので、モーツァルトの慟哭を如実に示す。第2楽章ロマンスの安寧はいかばかりか。