コーンヤ グリュンマー マタチッチ指揮バイロイト祝祭管 ワーグナー 歌劇「ローエングリン」(1959.8.4Live)

この天使の群れの出発点と帰着点「まばゆいばかりの高み」が、〈前奏曲〉の最初と最後に現われる輝かしい高音域のヴァイオリンによって体現されていることは言うまでもない。だが、それよりも『標題的注釈』から読み取らなければならないのは、前奏曲がオペラのいわば「前史」にあたり、時(過去)も所(モンサルヴァート)も本体の筋書きとは遠く隔たったところにあるということだ。しかも、この聖杯降臨の奇蹟に立ち会えたのは「祝福された」「それにふさわしい」人々、つまり後年の『パルジファル』で批判の対象となるエリート集団であり、題名役ローエングリンはまさにエリート中のエリートにほかならない。そして〈グラール語り〉が「おのおのがたの歩みでは近づくことのできぬ遠い国」で始められるように、台本に散見される主人公の「縁なき衆生」を見下した言動と行動は、とりもなおさず聖杯世界と現実世界のあいだに超えがたい溝が存在することを物語っている。
日本ワーグナー協会監修/三宅幸夫/池上純一編訳「ローエングリン」(五柳書院)P5-6

歌劇「ローエングリン」第1幕前奏曲の飛び切りの美しさは、ワーグナーが憧れた(?)「理」の世界の表象であり、またその体現であることから生じたものだということだ。ローエングリンの見下した言動の源は、ワーグナー自身の、自らを「縁なき衆生」だと悟ったことによる反動であり、また憧憬(理想)だったのである。

1959年のバイロイト音楽祭は、歌劇「ローエングリン」の指揮をマタチッチが担当した最初で最後の音楽祭であったにもかかわらず、第1幕前奏曲から実に濃厚だ(それゆえに濃厚だったのか?!)。文字通り本編の筋からは時空を超えた永遠が刻印される美しさ。

この年のマタチッチの本領は、現実世界たる第2幕で俄然発揮される。この闇と光が交互に現われる幕を、ほとんど火傷しそうなくらいの熱でもって音楽と舞台を創造する指揮者の本懐。マタチッチはこのために生まれてきたのだと言っても言い過ぎでないほどの独壇場。筆舌に尽くし難い素晴らしさ。

・ワーグナー:歌劇「ローエングリン」
フランツ・クラス(ドイツ国王ハインリヒ・デア・フォーグラー、バス)
シャーンドル・コーンヤ(ローエングリン、テノール)
エリーザベト・グリュンマー(エルザ・フォン・ブラバント、ソプラノ)
エルネスト・ブラン(フリードリヒ・フォン・テルラムント、バリトン)
リタ・ゴール(オルトルート、メゾソプラノ)
エバーハルト・ヴェヒター(軍令使、バリトン)
ハラルト・ノイキルヒ(ブラバントの貴族、テノール)
ヘロルト・クラウス(ブラバントの貴族、テノール)
ドナルド・ベル(ブラバントの貴族、バス・バリトン)
ハンス・ギュンター・ネッカー(ブラバントの貴族、バス)
エリーザベト・ヴィッツマン(小姓、ソプラノ)
ヒルデガルト・シューネマン(小姓、ソプラノ)
アンネ=マリー・ルートヴィヒ(小姓、メゾソプラノ)
クラウディア・ヘルマン(小姓、コントラルト)
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団(1959.8.4Live)

フリードリヒとオルトルートによる策略を超え、エルザ(女性性なるもの)を迎え入れんとする第4場の合唱(男たち、女たち、小姓たち)があまりに崇高だ。しかし、それを遮るように叫ぶオルトルート(リタ・ゴール)の魔性の声に僕たちは「闇」の恐怖に慄かざるを得ない。そして、圧巻の第5場の最後でエルザとローエングリンが一体となる瞬間の神々しさと熱に対し、結局は誓いを破ることになるエルザへの勝利を確信するオルトルートの不敵な姿を描く音楽があまりに凄まじい。

ローエングリン
エルザ、さあ立つのだ。幸福の鍵はひとえに
お前の手、お前の真心にかかっている。
よもや疑いの心に心乱されたのではないだろうね。
それとも、どうしても私に尋ねたいというのか?
エルザ
私を救い、幸せをもたらしてくださったお方!
身も心も消え入るほどにお慕いする勇士よ、
疑いの力がどれほど強くとも
私の愛は揺るぎません。

~同上書P79

ちなみに、第2幕最後のト書きには次のようにある。

抱き合いながらも、エルザは石段の右下におずおずと視線を走らせ、勝利を確信するかのようにエルザに向かって腕を突き上げているオルトルートを見つける。その姿に怯え、思わず顔をそむけるエルザ。
~同上書P79

今や超えがたい溝は埋められた。現実は聖杯世界と直結することになり、縁ある衆生はすべて救われるようになったのだ。ワーグナーが現代に生きていたら何を感じただろうか?

ロヴロ・フォン・マタチッチは、シャルクの弟子で立派な指揮者であったが、1959年バイロイトで《ローエングリン》の上演を何度か指揮した。
マタチッチはクナッパーツブッシュをたいそう尊敬していたので、クナーが指揮する《パルジファル》では、有名な奈落にあるオーケストラ・ピットで彼を見ていた。上演が終わると、出口で待ち構えていたマタチッチは、クナーに歩み寄ると興奮して話しかけた。「先生、あなたを尊敬します。」
しかしクナーはしわがれた声でマタチッチにこう答えたのだ。「もう一度でも『先生』と言ってみなさい。おケツをぶっとばしますぞ。」

フランツ・ブラウン著/野口剛夫編訳「クナッパーツブッシュの想い出」(芸術現代社)P160

実に興味深いエピソードだ(笑)。

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