トスカニーニ指揮NBC響 メンデルスゾーン 交響曲第5番「宗教改革」(1953.12.13録音)ほか

「好き」の反意語は「嫌い」ではなく、「無関心」だという。
そもそも「好き」と「嫌い」は表裏なのだということだ。

リヒャルト・ワーグナーは、ユダヤ人フェリックス・メンデルスゾーンの音楽を、時に貶し、時に賞賛する。果たして彼は、メンデルスゾーンを認めていたのか、それとも認めていなかったのか。あるいは好んでいたのか、嫌っていたのか。

ベートーヴェンがみごとなまでに音楽を民衆的なものにしたあとで、メンデルスゾーンはそれをきわめて浅薄なおしゃべりに引き戻してしまった。
(1872年12月24日火曜日)
三光長治・池上純一・池上弘子訳「コジマの日記3」(東海大学出版会)P476

夕食のときリヒャルトはメンデルスゾーンについて語り、《ヘブリーデン序曲》をほめた。「彼はよく耳を澄まし、風景からの印象を感じとった。たとえば序曲冒頭の三和音の構成は情感にあふれている。ただ、彼が再現してみせたのは、人間の魂でも、そこから洩れる吐息でもなく、そうかといって自然でもなく、風景なのだ。わたしはそういったものに感動を覚えるとはとても思えないがね」。
(1873年3月14日金曜日)
~同上書P564-565

ワーグナーの語り口調には、明らかに棘があるように僕には感じられる。しかし、特に彼の初期作品にはメンデルスゾーンの影響がかなりあり、少なくとも若きリヒャルトにとってメンデルスゾーンの方法は、一つの模範であったのだろうと思われるゆえ、彼の深層においてメンデルスゾーンは最も関心のある音楽家の一人だったと僕は思う。

果たして因果律なのかどうなのか、同様のことがワーグナーの身にも起こる。フリードリヒ・ニーチェとの顛末である。トーマス・マンによる1933年4月の小論が面白い。

ニーチェも同じように、麻痺にかかった夜にこのワーグナーという名が響くと聞耳を立てて答えるのがつねであった、「その人を私はたいへん好きであった。」彼はワーグナーを、ここで論議するにふさわしくないが、精神的な、文化道徳的な理由からひどく憎んだことがある。しかし、ニーチェのワーグナー論駁も熱狂的なワーグナー陶酔をさますどころか、むしろ一針にもあたらないという経験を私ひとりがしたとすれば、それは奇妙なことであろう。
「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大さ」(1933年)
トーマス・マン/小塚敏夫訳「ワーグナーと現代」(第2版)(みすず書房)P78

それは、あくまでマンの独断であり、意見であることに違いはない。

ニーチェが述べたことがある、いわゆる天賦の才とは天才の本質的なものではありえない、と。「たとえばリヒャルト・ワーグナーにはなんと僅かしか天賦の才がないことか」、と彼は喝破する。「28歳にしてなおこんなに貧弱であった音楽家がかつていたか?」実際ワーグナーの音楽は、ためらいがちな、いじけた非自立的開始から生い立っている。そしてこの開始は、ほかの偉大な音楽家におけるよりはるかあとになっても彼の生涯に尾を引いている。ワーグナー自ら言っている、「私の回想にとれば、やはり30歳ごろ、内心疑いをいだいて、いったい自分には最高の芸術的個性となる素質が実際にあるのかと自問した。私は、自分の仕事のなかに相変わらず影響と模倣を感じた。そして不安のあまりあえて全く独創的な創造者としての自分のその後の発展を注視した。」これは1862年、巨匠になってからの回顧である。
~同上書P86

それにしても、ワーグナーは自分に正直だった。自身の才能のなさも痛感していた。
しかし、劣等感というものが、いわば悪乗りしたときに、外的世界に矛先が向けられ、他を徹底的に潰そうとする性が現れるのだということは、ニーチェの件を見ても、後のアドルフ・ヒトラーの件を考えてもよくわかる。

事実、「バイロイト新聞」紙上で、全く多くの美しいもの、メンデルスゾーン、シューマンおよびブラームスを、自己の芸術をより高く賞揚するために嘲笑誹謗したときのワーグナーの威圧的な自信、—この自意識は芸術に対する以前の多大の挫折感、気おくれと引換えに購ったものである! これらの激情の発作は何が原因であったのか?
~同上書P87

自己顕示の過剰な発露こそがワーグナーの最大の問題であったが、一方、それこそが彼の芸術の最大の美徳だった。先の、「コジマの日記」において、ワーグナーがメンデルスゾーンの音楽を「風景画」だと一刀両断したが、年齢を重ねる毎に我執の強くなっていったワーグナーにはもはや《ヘブリーデン序曲》の無為の美しさは理解できなかったのだろうと見える。

その無為の美しさを、異様な熱気に包み込んで、一つの模範的解釈を成し遂げたのがアルトゥーロ・トスカニーニ。強いて言うなら、火を噴く、いかにもワーグナー的なメンデルスゾーン。素晴らしい。

メンデルスゾーン:
・交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」(1954.2.28&1954.2.26-27録音)
・交響曲第5番ニ短調作品107「宗教改革」(1953.12.13録音)
・八重奏曲変ホ長調作品20よりスケルツォ(1945.6.1録音)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団

「ヘブリーデン序曲」、「スコットランド交響曲」などと同じ時期に着想を得ていた「宗教改革」の劇的解釈が実に素晴らしい。少なくとも、第1楽章アンダンテ—アレグロ・コン・フォーコで引用される「ドレスデン・アーメン」を聴けば、後に同じ旋律を「パルジファル」で引いたワーグナーが、メンデルスゾーンの影響を受けていなかったとは言えないだろう。

師というものさえをも否定せざるを得なかった我(エゴ)というものの恐ろしさ。
側で捉えるのでなく、本性からすべてを観たときに、ワーグナーにとってメンデルスゾーンは永遠の師であった。もちろんニーチェにとってはワーグナー然り。

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