インバル指揮フランクフルト放送響 ブルックナー 交響曲第1番(リンツ稿)(1987Live)

第1楽章アレグロの颯爽たる息吹、生き生きとした楽想に、僕は天才を思う。
特に、いかにもブルックナーという形を持つ第3楽章スケルツォの明快さ、躍動感、そして、その精神の野性。この後30年続くブルックナー芸術の雛形。この音楽は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の初演に参加した最中に生み出されたことが何とも暗示的。

1865年5月、ブルックナーはヴァーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の初演を聴くべくミュンヒェンへ向かった。両端楽章が完成していた『交響曲第1番』の草稿を携えており、この滞在中に第3楽章を書き上げた。同じ宿にアントン・ルビンシテインがおり、『第1番』草稿はこの著名なピアニストを通じて、ミュンヒェンの宮廷楽長ハンス・フォン・ビューロウの目に触れることとなった。ビューロウはヴァーグナーの側近であり、『トリスタン』の初演指揮という大役を任されていた。
後にブルックナーがヴィルヘルム・タッペルトに宛てた書簡によれば、ビューロウはその「独創性、ある面での大胆さ、その愛すべき着想」に関心を示し、ヴァーグナーとの会見を取り計らったという。だがブルックナーは、この思いがけないチャンスを生かせなかった。ヴァーグナーから草稿を見せるようにうながされたが、気後れしてその機会を逸したのである。

田代櫂「アントン・ブルックナー 魂の山嶺」(春秋社)P63

久しぶりに真面目に聴いた。
いや、僕はブルックナーを聴くときはもちろんいつも真面目なのだが、最近は「ながら」になることが多く、少なくとも今日は全曲をしっかりと集中して聴くことができたということだ。荒々しくも鮮烈な音調に溢れる交響曲を、見事に整理整頓の精を尽くして指揮するエリアフ・インバルの棒。とても良いと思った。

・ブルックナー:交響曲第1番ハ短調(リンツ稿)
エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団(1987Live)

ブルックナーの素晴らしさは、大胆な方法を用いながら巨大なフォルムを孤高のものとし、しかも、内側から溢れ出るその謙虚さにあるのだと痛感する。指揮者の独断の解釈を寄せ付けないのはそのためだ。

それにしても本人が気後れしてヴァーグナーとの面会の機会を遅らせてしまったことは音楽史上の痛恨事。

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