シューリヒト指揮ウィーン・フィル ブルックナー 交響曲第5番(1963.2.24Live)

天才音楽家が真の意味で覚醒するのは難しいと聞いたことがある。「どういうことなのか? むしろ逆では?」と思ったものだが、最近は「確かにそうかもしれない」と考えられるようになった。何かしら腑に落ちたのだ。

ヴィーン人の大食はつとに有名だが、ブルックナーの健啖ぶりも相当なものだった。リンツ時代の彼は、「黒山羊亭」でザリガニのスープを3皿と、詰め物をした子牛の胸肉を2人前食べ、金曜日には卵8個を添えた魚料理を食べた。
リンツのマイフェルト夫妻は、冬の数か月をしばしばヴィーンで過ごした。ある時夫人がブルックナーをグラーベン街の「メーブス」に招待すると、彼は好物の「団子と酢漬けキャベツ添え燻製ポーク」を3人前たいらげたという。彼の好物はこのほかグーラッシュ(ハンガリー風シチュー)、骨付きビーフ、団子スープ、チョコレート・ソースのヌードル料理などだった。

田代櫂「アントン・ブルックナー 魂の山嶺」(春秋社)P163-164

明らかに過食である。この事実が彼の健康を害し、結果的に寿命を縮めただろうことは想像に難くないが、問題は健康云々よりむしろ積年の業であろう。もちろんそれによって後世を震撼させる傑作群が生まれたことに違いはないのだが、それにしても、だ(このあたりの判断、もちろん是非含め難しい)。

一方で、信仰篤きブルックナーの日常。

彼は熱心に祈った。時に奇妙な形を取ることがあったにせよ、それは心底からの深い信仰から出たものだった。彼が大きなキリスト磔刑像の前にひざまずいて祈る時、邪魔をすることは禁じられていた。だから私はしばしば部屋の中にたたずんだまま、彼の祈りを耳にする機会があった。
~同上書P160

まさに聖俗入り乱れる、良くも悪くもアンバランスな人間像こそがアントン・ブルックナーその人なのだと僕は思う。最高傑作交響曲第5番変ロ長調。

・ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調
カール・シューリヒト指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1963.2.24Live)

楽友協会大ホールでのライヴ録音。音楽は終始熱い。そして、テンポが理想的に伸び縮みする様にシューリヒトの天才を思う。彼の指揮したブルックナーの素晴らしさに触発され、最晩年になってからようやくウィーン・フィルが老巨匠を招聘したが、とり上げられたブルックナー作品は5曲のみ、しかもわずか19回に過ぎなかった。
そんな事実を忘れさせてくれるほどの一体感と官能が、この演奏から垣間見ることができる。何て動的な、血の通った、しかし、あくまでブルックナーの揺るがない信仰心を的確に表現した指揮だろう。何よりオーケストラの奏者たちが感じ入っている。音楽はうねる。また、颯爽たるテンポながら呼吸は深く、聴く者にしみじみと感動を与えてくれるのだ。

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