
此岸からの最後のメッセージ。
まったく後付けだけれど、今となってはグールド初の指揮録音であり、最後の録音は、実に憧れに溢れる、後ろ髪を引かれる、この世との別れの思念が込められたように聴こえる、オリジナル楽器編成の、超スローテンポの、美しい演奏だ。
クリスマスの、愛するコジマの誕生日にリヒャルト・ワーグナーが捧げた「ジークフリート牧歌」。彼のピアノ編曲以上に、思いの丈を存分に秘めた独特の名演奏だろう。他の指揮者が誰も成したことのない、自由で奔放な解釈は、もしグールドがもっと長生きし、これ以降も指揮を続けていたらどんな名解釈が生まれたのかを、聴く者に地団太踏ませるだけの力がある。
秋晴れの、10月とは思えぬ高原の暑さは、39年前のあの日の朧げな記憶。
彼は、生きていたら89歳になるのだ。
・ワーグナー:ジークフリート牧歌(13楽器のための原典版)(1982.7&9録音)
グレン・グールド指揮トロント交響楽団メンバー
グールドに対する思いが先行して、少なくとも僕にはこの演奏を客観的に云々することはできない。果たしてワーグナーが聴いたらどう思うのか?あるいは、コジマが聴いたら何と感じるのか?
古今の数多の指揮者のどの演奏よりも一音一音に込められた情感は強い。
久しぶりに耳にして、僕は思わず姿勢を正した。
彼のような音楽家は二度と表れないだろう。