
クナッパーツブッシュの愛した音楽は、ワーグナーやシュトラウスのほかに、ウィーンの音楽が加えられる。彼のヨハン・シュトラウスやヨーゼフ・シュトラウスのワルツの演奏は、これ以上のものがあろうかといえるほど、芳醇な味わいを示している。たとえばカレル・コムザークの〈バーデン娘〉などは、生粋のラインラント人のように、ウィーン情緒を馥郁とただよわせている。
~ルーペルト・シェトレ著/喜多尾道冬訳「指揮台の神々—世紀の大指揮者列伝」(音楽之友社)P267
実にクナッパーツブッシュらしい、ゆったりと無骨なウィンナ・ワルツにうっとり。
巨匠にとっては朝飯前の一振りだったのかも知れぬ。しかしながら、内側から湧き出る愉悦は、ほかのどんな指揮者のものより上。音楽は、感じることが大事なんだと痛感する。
リハーサルを嫌ったクナッパーツブッシュの演奏は、どんなときも即興的である。それでいて、音楽そのものは堂々と聴衆の心を打った。ほとんど一発録りであろうレコードの場合も、聴くたびに新鮮さを増す。
クナッパーツブッシュのいちばんの能力は―彼自身思っている以上にニキシュに近いのだが―楽譜に忠実であるにもかかわらず、ひとつの曲を演奏しても、それを毎回新しい曲のように生まれ変わらせることにあった。彼のテンポは毎回変わった。
~同上書P277
いつぞや購入した”Double Decca”と称する2枚組CD(1994年リリース)を久しぶりに聴いて思った。
どんな小品だろうとクナッパーツブッシュの手にかかれば大交響曲となる。音楽こそは感性と、そして呼吸が命なのだと。
クナッパーツブッシュは、ウィーン・フィルハーモニーの、またウィーン国立歌劇場の楽員と、生涯のあいだに177回共演したが、財政的にきびしい時代にも深い絆を失わなかった。彼は1938年から41年まで、8千マルクの俸給を辞退した。そして演奏会1回につき、500マルクという定額に甘んずることでよしとした(フルトヴェングラーも同じ申し出を行なった。一方、カール・ベームは1回の公演でいつも受けとっている2千マルクを、なに食わぬ顔でポケットに収めていた)。
~同上書P271
こういうエピソードを知れば、彼の演奏がますます本物だと知ることになる。
どんなに無粋な態度をとっても、クナッパーツブッシュは謙虚な人であり、すべてへの感謝に溢れる人だった。
彼は聴衆に対して、ときには過度ともいえる無作法な態度に出たとはいえ、彼ほど聴衆から愛された指揮者もいない。戦後彼がミュンヘンで指揮活動の禁止の追い討ちを受けたとき、人々は街頭デモを行ない、不当な禁止だと強く訴えた。そのため占領軍はついに禁止の撤回を余儀なくされたのである。
~同上書P276
聴けば聴くほどその意味深さに納得させられるのがハンス・クナッパーツブッシュの芸術。
自然体の「くるみ割り人形」を耳にすればわかる。慈悲の人だとあらためて思う。
このクナッパーツブッシュと言うお方は、傲岸な人のイメージが強いのですけれど、お挙げのエピソードから察し得るように、浄い人だったのも、紛れも無い事実なのですね。
自身の音楽を真に理解して貰える聴衆の前で、振りたい音楽を響かせる事さえ叶えられれば、それで良いよ…と言うような、21世紀の現在に於いては、絶滅してしまったお方でした。
>タカオカタクヤ様
はい、つい傲岸なイメージが先行しますが、やっぱり慈悲深い方だったのだろうと想像します。ローカルに愛された指揮者だったと思います。実演が聴きたかったです。