バラキレフの編曲モノ

balakirev_paley.jpg随分寒い。ショパンのコンチェルトから第2楽章の調べが繰り返し鳴り続ける。
「ロマンス」、青年ショパンが、パリへと旅立つ前、愛する恋人を恋焦がれるかのように故郷ワルシャワを想い、書き綴った永遠のラヴレター。そして、ベートーヴェン自身が会心の作だといった「カヴァティーナ」には晩年の楽聖の痛々しいまでの孤独感、想いが表出する。

涙が止まらない。それほど郷愁を誘う美しい調べである。原曲を創ったショパンやベートーヴェンが偉大なのは当然だ。しかしながら、まるで最初からこれらはピアノ独奏用に創作されたのではないかと思わせるほど、違和感なく身を委ねることができる。

いつだったかだいぶ前に購入したロシア5人組の長であるミリイ・バラキレフのピアノ音楽全集から1枚を取り出して繰り返し聴いた。例によってBrilliantレーベルの箱モノ。
バラキレフといえば「イスラメイ」だけがことのほか有名で、あとのピアノ曲はほとんど知られていないと思うが、彼がいかに素晴らしい音楽を残しているのかがこういうセットものでよく理解できる。サン=サーンスがフォーレとちょうど出会った頃(正確にはその4,5年前)、東方のロシアではムソルグスキーがバラキレフに出会い、その指導を受け始めている。ロシアではクリミア戦争の敗北を受け貴族や帝国への批判が噴出、1861年の農奴解放令を皮切りに一連の近代化の波が帝政に揺さぶりをかけていた頃である。遠く日本はまさに幕末の混乱の時期で、安政の大獄(先日のブログにも書いた吉田松陰が斬首刑になったのも同じ頃)に続く桜田門外の変で江戸幕府の権威が大きく失墜、まさに驚天動地の転換期の頃。
世界中が激動の時代にあって、しかもなおかつそれぞれの国々で芸術的傑作群が生み出されているという事実。やっぱり創作エネルギーの原点は怒りや悲しみという「負の感情」なのだろうか・・・。

歴史を縦軸に、地域を横軸に音楽を聴いてみるのも面白いものだ。

バラキレフ:ピアノ音楽全集~トランスクリプション集
・グリンカ:幻想曲「カマリンスカヤ」(1902年)
・グリンカ:歌曲「心が痛むと言わないで」(1903年)
・ショパン:ロマンス~ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11(1905年)
・ベートーヴェン:カヴァティーナ~弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130(1859年)
・ベートーヴェン:アレグレット~弦楽四重奏曲第8番ホ短調作品59-2「ラズモフスキー第2番」(1862年)
・ザポリスキー:夢(1900年頃)
・バラキレフ:歌曲「荒地」(1898年)
・ベルリオーズ:序奏~「エジプトへの逃避」(1864年)
・バラキレフ:ショパンの前奏曲作品28-14&11の主題による即興曲(1907年)
・グリンカ:ホタ・アラゴネーザ(1864年)
アレクサンダー・パレイ(ピアノ)

若い頃から管弦楽曲のピアノ編曲版が好きで、リスト編曲によるトランスクリプションはいろいろと集めて聴いてきた。バラキレフはリストとも親交があったようだが、リストに優るとも劣らない名編曲の数々を残している。彼のアレンジの腕もさることながら、何よりその選曲の妙。

ところで、バラキレフは自分たちの作品発表の場を設けるためと、下層市民層に音楽人口を広げ経営的自立を図るため、1862年、無料の音楽学校を開設している。ムソルグスキーの生前の作品の多くはそこで発表されたようだが、この天才をバラキレフは全く評価せず、単なる奇人として扱ったという。いつの時代も先を行き過ぎると評価されないものなんか・・・。

明日の「早わかりクラシック音楽講座」はドビュッシーを糞みそに貶したサン=サーンスがテーマである。さて、どんな会になるか楽しみだ。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
ご紹介のCD、未聴ですが面白そうですね。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲のピアノ編曲版なんて、特に聴いてみたいです。
>やっぱり創作エネルギーの原点は怒りや悲しみという「負の感情」なのだろうか・・・。
「正」「負」に関係なく、感情がうねり波風が立った時、そこに芸術が生まれるのだと思います。
例えば「性衝動」なんかも芸術の創作エネルギーだと思いますが、「性衝動」を「負の感情」とは決め付けられないですよね。蛇足ですが、男と女の「性衝動」や「快感曲線」は大きく異なりますので、「男の芸術」と「女の芸術」は違っていて当然だし、同じ音楽を聴いても、違う捉え方をするはずです。
>歴史を縦軸に、地域を横軸に音楽を聴いてみるのも面白いものだ。
ほんとうに同感です。そういう視点での「講座」を、もっともっと増やしてください!
その路線で今朝の私のおススメCDは、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者・平尾雅子さんの作品、「信長公ご所望の南蛮音楽 王のパヴァーヌ」。
http://www.amazon.co.jp/%E4%BF%A1%E9%95%B7%E5%85%AC%E3%81%94%E6%89%80%E6%9C%9B%E3%81%AE%E5%8D%97%E8%9B%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD-%E7%8E%8B%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%8C-%E5%B9%B3%E5%B0%BE%E9%9B%85%E5%AD%90/dp/B0002V03W2/ref=pd_cp_m_1
奏法に異論はありますが、日本の戦国時代、西洋ではどんな音楽があったかを体感するのも一興です。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
このCDはおすすめです。
>例えば「性衝動」なんかも芸術の創作エネルギーだと思います
おっしゃるとおりですね。男と女の芸術が別物だというのもよくわかります。
ご紹介の「信長公ご所望の南蛮音楽 王のパヴァーヌ」面白そうですね。そういえば「天正遣欧使節の音楽」もちょっと前に話題になったと思いますが、いずれも未聴なので聴いてみたいです。
「歴史を縦軸に、地域を横軸に」という視点での講座はいずれやってみたいと思います。

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