ブッシュ弦楽四重奏団 ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第15番作品132(1937.10.7録音)ほか

苦難を知って、人は強くなるのだという。
陰陽二元の世界にあって、幸だろうが不幸だろうが、そんなものはその人の主観に過ぎない。事態をどう感じるかはその人次第なのだ。
晩年のベートーヴェンは、病に苦しんだ。

僕も長い間病気だったのだが、この2月前からやっと良くなった。ひどいノイローゼなのだ。
(1825年5月6日、シュテファン・フォン・ブロイニングとの会話帳)
小松雄一郎編訳「新編ベートーヴェンの手紙(下)」(岩波文庫)P195

わが尊敬する友よ、君も多忙の由、僕もだ。それに僕は未だすっかり良くなっていないのだ。
(1826年春、シュテファン・フォン・ブロイニング宛)
~同上書P192

仕事に追われていましたのと、ずっと病気に悩まされていましたので、あなたの4月6日のお手紙に御返事もできずにおりました。もっともその頃は四重奏曲(嬰ハ短調)はまだ出来上がっておりませんでしたが、今は完成しております。
(1826年5月20日付、ショッツ・ゼーネ宛)
~同上書P186

こういう状況の中で生み出された後期弦楽四重奏曲の輝かんばかりの精神性に僕はいつも心を打たれる。闇の中から垣間見える一条の光が、世界のすべてを照らすかのように心が晴れるのである。ましてベートーヴェンの場合、直後に甥カールの自殺未遂さえ体験しているのだ。

大災難が起きました。カルルが思いがけず自ら引き起こした災難です。まだ助かる見込があると思います。あなたが頼みの綱です。すぐ来て頂ければ。です。カルルが頭に弾丸を打ち込んだのです。どうしてこうなったかは診て下されば判ります。
(1826年7月30日付、カルル・フォン・スメタナ博士宛)
~同上書P196

仮を借りて真を知るとは言い得て妙。泥沼の社会の中にあって初めて人間は悟りを開くことができるのだということ。ベートーヴェン然り。数々の苦悩があって、特に最晩年の彼の作品は、まるで後光が差すかのように神聖で尊い力を放つ。

ブッシュ弦楽四重奏団によるベートーヴェン。録音は確かに古い。しかし、生み出される音楽は古びず(作品132冒頭からポルタメントを多用した奏法は古いには古いけれど、味わい深さとしては超逸品)、どの瞬間も実に神々しい。何より崇高なるモルト・アダージョで開始される第3楽章「リディア旋法による、病気から回復した者の神に対する聖なる感謝の歌」は、文字通りベートーヴェンの当時の心境を見事に音化しており、音楽の芯から温かく、筆舌に尽くしがたい。

ベートーヴェン:
・弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132(1937.10.7録音)
・弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品133(1933.11.13録音)
ブッシュ弦楽四重奏団
アドルフ・ブッシュ(第1ヴァイオリン)
ゲスタ・アンドレアッソン(第2ヴァイオリン)
カール・ドクトール(ヴィオラ)
ヘルマン・ブッシュ(チェロ)

続く第4楽章アラ・マルシア,アッサイ・ヴィヴァーチェの陽気(戦争突入間近の空気の重さは多少感じられるが)。さらに、終楽章アレグロ・アパッショナートの開放!
何と晴れやかなのだろう!
病から解放された者だけがわかる幸福感がここにある。2022年正月に!!

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