リヒテル ボロディン弦楽四重奏団 ショスタコーヴィチ ピアノ五重奏曲(1983.12Live)

革新的作品に対する賛否両論。
天才の創作の前には、様々な困難があり、また賞賛があった。体制への迎合か、あるいは反体制か、多くを語ろうとしなかったショスタコーヴィチの思念は、少なくとも音楽作品には否応なく刻み込まれていたのかもしれない。

ピアノ五重奏曲は、レニングラードの作曲家同盟からスターリン賞候補に推薦され、初演前であったが、その選考委員会のメンバーの前で演奏された。それが聴衆の間で大成功を収めると、演奏依頼が殺到した。そして、すぐにショスタコーヴィチのもっとも人気のある作品のひとつとして定着した。作曲家は地元でもツアー先でも、それを演奏する機会を頻繁に与えられた。
ローレル・E・ファーイ著 藤岡啓介/佐々木千恵訳「ショスタコーヴィチある生涯」(アルファベータ)P158-159

片や文化官僚で厳格な共産党員であったモイセイ・グリンベルグが、この作品にスターリン賞を与えようと検討していることを咎める内容をスターリンに送っている。

五重奏曲の第1楽章は、実際、古典的なバッハ的枠組みの中で構成されています。しかし、この五重奏曲の中に、抽象的な形式追究から生じる、堅苦しく奇妙な現代的響きがいかに充満していることか。一方、生活そのものを意識すること、あるいは人間の強烈な感情を音楽で具現することから生じる純粋な美しさ、強さに何と乏しいことか・・・これは、一般市民の生活とかかわりを持たない音楽であります。
~同上書P159

音楽の創造を認めない、芸術のわからない輩のぼやきにしか思えないけれど、こういう反論があるからまた音楽芸術というものは面白いのである。この世界が相反するもののバランスで成り立っていることを示す好例だと思う。スターリン賞獲得(1941年3月16日付)にまつわる云々は横に置いたとして、それでもこのピアノ五重奏曲は指折りの名作だと思う。

・ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲ト短調作品57
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
ボロディン弦楽四重奏団(1983.12.5&6Live)
ミハイル・コペルマン(ヴァイオリン)
アンドレイ・アブラメンコフ(ヴァイオリン)
ディミトリー・シェバリーン(ヴィオラ)
ヴァレンティン・ベルリンスキー(チェロ)

モスクワ音楽院大ホールでのライヴ録音。
第1楽章前奏曲からリヒテルとボロディン弦楽四重奏団の一致団結したパフォーマンスが、虚ろな空気を醸し、淡々と進んで行く。内緒話のような第2楽章フーガの神秘よ。そして、続く、鬱から抜け出したような陽気な第3楽章スケルツォにリヒテル&ボロディンの本懐を垣間見るのである(「壁」から脱却したリヒテルの饒舌さ!!)。さらに、再び鬱状態にこもるような第4楽章間奏曲を経て、終楽章の真っ白さは例えようもない美しさ。可憐なリヒテルのピアノが殊更に軽快に響く。

ところで、リヒテルは鬱病持ちだったそうだ。

リヒテルは鬱状態になると、「壁」について語った。この状態は数ヵ月から半年続くことがあり、そのあいだは演奏会をキャンセルし、ひたすら壁を向いて横になっていた。
ユーリー・ボリソフ/宮澤淳一訳「リヒテルは語る」(ちくま学芸文庫)P123

突如として演奏会をキャンセルし、自身の録音したレコードのほとんどを廃棄し、彼に対する変人扱いもあったようだが、やはりその演奏は特別なものであり、ライヴ演奏に至っては本当に神がかり的なものだったといわれる。本演奏もそういう境地のものだ。

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