
例えば、歌劇「イル・トロヴァトーレ」第1幕からのアリアの底力!
あるいは、歌劇「シチリア島の夕べの祈り」第4幕からのアリアの意味深さ。
全盛期のカラスの歌は何をおいても残すべき人類の遺産の一つだと思うが、老練の(?)という言葉が正しいかどうかわからないけれど、後期の、枯れた彼女の歌も実に味わい深いものがある。中でも、ヴェルディの名歌劇のアリアを集めた1枚は、重要作及び初期作品からの名旋律の宝庫で、情感に溢れた、悠揚たる彼女の歌が存分に味わうことができ、素敵だ。
女優としてのカラスの力量が、音盤とはいえ手に取るように見えるリアルさ。
奥深い、渋いその声は永遠だ。
1977年9月16日、カラスはパリの自宅で急死した。死因は心不全とみられている。最期をみとったメイドのブルーナによれば、カラスはほんの一瞬苦しんだだけで、あっけなく逝ってしまったという。その日、ブルーナは朝の9時半に彼女を起こしに行った。カラスは、前日に何時間か外出したために少し疲れが残っていたが、気分はよさそうだった。彼女は、当時パリに住んでいたイタリア人の3人の友人をその日の夕食に招くようにブルーナに頼んだ。コーヒーを飲んで郵便物をチェックしたあと、彼女はもう少し眠ることにした。結局、彼女は午後1時10分に起床した。そして、浴室から出てきたところでめまいに襲われ、左の脇腹に刺すような痛みを感じた。彼女はその場にくずおれたが、意識はあったので、すぐにメイドを呼んだ。ブルーナは彼女を助け起こしてベッドに連れて行き、コーヒーを少し飲ませてから医師に電話した。医師は不在で、アメリカン・ホスピタルの電話も回線がこみあっていて通じなかったため、カラスの執事は自分のかかりつけの医師に電話した。しかし、数分後の午後1時30分、マリアは医師の到着を待たずに息をひきとった。
~ステリオス・ガラトプーロス著/高橋早苗訳「マリア・カラス―聖なる怪物」(白水社)P551-552
世紀の歌姫のあっけない最期だが、そのときのことが詳細に語られる様子は実に興味深い。しかも、睡眠薬を常用していたカラスの死因の真相はいまだにわかっていないのだという。
カラスの直接の死因は完全に解明されていない。さまざまな噂が―一部はマスコミを通じて—流れ、心不全、自殺、不慮の事故、殺人などが死因とされた。それらの説は、カラスが服用していた何種類もの薬物と多少なりとも結びついているが、どれ一つとして立証されはしないだろう。検屍解剖や死因審問が行なわれなかったからだ。死因を隠蔽する意図があったとすれば、火葬は最も簡単な方法だったと思われる。
~同上書P555-556
夫だったメネギーニは最終的に自殺だったと結論を出しているが、それですら事実かどうかわからない。