病に倒れた後のフリッチャイの指揮は何だかとても神々しい。
ただそれが崇高だということではなく、どの瞬間も喜びに満ちていて明朗で、真に美しいのである。
例えば、ベートーヴェンのトリプル・コンチェルト。旋律が跳ね、リズムが弾け、第1楽章アレグロからどうにも楽しくて仕方がないといった調子に僕は心を動かされる。あと幾何もない命の限りを尽くし、盟友たちと音楽をする愉悦に浸るフリッチャイの真摯な姿が目に浮かぶようだ。それは、第2楽章ラルゴの哀感こもる音楽を聴けばわかる。密かに認めた惜別の句を隠れて披露せんとするかのように独奏者たちも指揮者の思いに追随する。そして、アタッカで続く終楽章ロンド・アラ・ポラッカは、人生をもっと謳歌せんと独奏者たちが指揮者に贈る希望の歌。てっきり駄作だと思っていたが、この演奏はすこぶる良い。
一方、アニー・フィッシャーを独奏に据えたピアノ協奏曲ハ短調。
音楽を堅実に進める棒。色彩の濃淡を巧みに演出し、音楽はどこまでも飛翔していくようだ。それに、1950年代ステレオ初期の演奏とは思えない音の鮮明さに感心する。第1楽章アレグロ・コン・ブリオの雄渾、あるいは第2楽章ラルゴのそっけなさ(思い入れが少ない?)に意外さを覚えつつも、フィッシャーのピアノは相変わらず深く歌う。ここでのフリッチャイはあくまで伴奏に徹しているようだ。そして、終楽章ロンドは冒頭主題を奏でるピアノの溌溂さ、明朗さに惹かれる。聴けば聴くほど味わいが深まる名演奏。