バッハ、teppy、なぜか中谷彰宏

フォトグラファーのT君が所用がてら来宅する。多少見くびっていた(笑)ところがあったが、出来上がった「写真」を見て、言い過ぎかもしれないが「天才(?!)」だと思った。バックの背景に被写体がすんなりと溶け込むと同時にくっきりと浮かび上がる。ともかく「光」の加減が絶妙。
いつもの「真っ赤な菜食パスタ」をご馳走することになり、ビール片手に食事をしながら談笑する。フォトグラファーもファインダーを覗きながら焼き上がりの映像をイメージしつつ、光の加減を調整しながら被写体の微妙な動きを瞬時に察知し、とらえ、シャッターを切るのだという。こういうことは長年の経験とセンスがものをいう世界だが、ことカメラの世界に限らず、絵画にせよ音楽にせよ、セミナーにしろ、プレゼンテーションにしろ、友人との会話にしろ「今のその瞬間」を絶妙に感知し、アドリブ的にとらえて相手(お客様)にサービスをするということが重要なのだと思う。Iさんから読んでくれと渡された中谷彰宏氏の話し方やプレゼンテーションについての一連の書籍にも似たようなことが書いてあった。プレゼンテーターはいくつもの引き出しをもち、その場にいるお客さんの状態や雰囲気に合わせ話ができないと一流にはなれないというようなことがいろいろな角度から語られている。

ここのところ週末は忙しい。今週末も土曜日はラフマニノフの補講、日曜日は第13回「早わかりクラシック音楽講座」と 2連荘である。講座もとうとう2年目に入る。今回は「J.S.バッハの小宇宙」と題してこの大作曲家の作品を聴きながら人となりを解説する予定で、今日の午後になってやっとその資料作りを始めた次第・・・。とにかくバッハの世界は深遠だ。教会音楽、世俗音楽あわせ1000曲以上残し、そのほとんどが傑作として今の時代にももてはやされているゆえ、たった3時間の講座で、どの曲をネタにしようか考えるところから正直難しい。僕はバッハに関しては宗教音楽より世俗音楽、それも器楽曲に「神」、永遠の普遍性を感じるゆえ、初心者でもとっつきやすいところから始めた方がいいだろうと思い、ブランデンブルク協奏曲やヴァイオリンやチェロの無伴奏独奏曲あたりをとりあげることに決定する。

J.S.バッハ:無伴奏フラウト・トラヴェルソのためのソナタイ短調BWV1013
バルトルド・クイケン(フラウト・トラヴェルソ)

1720年前後、バッハが世俗音楽を集中的に書いたケーテン宮廷楽長職を務めていた頃生み出された一連の無伴奏独奏曲の一つ。フルート曲は純粋に癒されたいときに聴く音楽としてぴったりである。僕はベートーヴェンやブルックナーの交響曲などを聴いているときも、フルート独奏の旋律が浮かび上がる瞬間、得もいわれぬ不思議な「恍惚感」を覚えるのだが、こうやってソロで聴いてみるとなお一層純粋無垢な調べが「心の疲れ」を一掃してくれる。バッハの音楽は永遠不変だが、瞬間をとらえるという意味では刹那的。時空を超えているということだろう。

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