
歌劇「フィガロの結婚」と並行して短期間で生み出された音楽劇「劇場支配人」。
台詞が大半を占め、アリアなどモーツァルトの音楽は4曲に過ぎないが、序曲を含めさすがに聴きもの満載の傑作(だと思う)。台本は歌劇「後宮からの逃走」を書いたヨハン・ゴットリープ・シュテファニーによる。
物語はいわゆるオーディションの模様を描いたもので、内容は単純ながら音楽は実に美しい。
最初のヘルツ夫人のアリエッタ「別離の時の鐘は鳴り」は、マディ・メスプレの歌唱が力と伸びがあり、「魂だけになってもいつもあなたと一緒にいたい」と願う熱い思いと悲しみの心情がよく練られていて素晴らしい。
続く、ジルバーラング嬢のロンド「若いあなた!」は、「フィガロの結婚」に出てきそうなアリアであり、いかにもモーツァルトの創造力の賜物。コロラトゥーラの高音を駆使した技巧的なエッダ・モーザーの歌唱がまた最高。
そして、両者が互いに我こそはと譲らず、主張する間に男性歌手フォーゲルザングが割って入り、絶妙な三重唱と化す様よ(三重唱「私がプリマ・ドンナよ!」)。何より「芸術家はより謙虚でなければならぬ」と歌われ、フォーゲルザングの「お静かに!」となだめるシーンがいかにもモーツァルトの思想を表し、また愛嬌とセンスに溢れ、興味深い(ここは聴きどころ)。
ちなみに、最後の大団円は全員によるヴォードヴィル「芸術家は誰でも栄光を求めて努力する」(なんて素敵な!)。
まずジルバークラング嬢が、芸術家は誰でも栄光を求めて努力するもので、第一人者になる志がなければ伸びないという。これに対してヘルツ夫人、フォーゲルザング、ブッフは、芸術家は人より優れるよう努力することが大切だが、他人を軽蔑してはならないと歌う。そしてフォーゲルザングは、個人よりも大勢が調和している方が人に好まれると続ける。ヘルツ夫人が芸術家はおのおの個性を発揮し、芸術と天分を調和させた上で結果はお客の拍手に委ねようと言う。
~「詳解オペラ名作217」から引用
作曲当時のモーツァルトの懐は決して温かいものではなかった。「フィガロの結婚」同様ヨーゼフ2世の委嘱による本作もお金のために書いたものなのだろう。
ただ今のところ、どうしても入用のことがありますので、あなたに救いを求めて、さしあたり幾らかのお金を用立てて下さるよう、お願いいたします。それをできるだけ早く、入手できますよう、ご尽力下さい。
(1785年11月20日付、ホフマイスター宛)
~柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P117
出版社宛の手紙もどこか焦燥感が漂う。
付録のマリナー指揮アカデミー・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズによるバレエ音楽などはいかにもザルツブルク時代のモーツァルトらしい典雅な響きで喜びに溢れる。