シュテンメ カウフマン シュトルックマン マッテイ アバド指揮マーラー室内管/ルツェルン祝祭管 ベートーヴェン 歌劇「フィデリオ」(2010.8Live)

あくまで音楽的効果をねらわない、「フィデリオ」のいわば原型(ここにはグスタフ・マーラーが始めたとされる、第2幕フィナーレ直前のレオノーレ序曲第3番の挿入がない)。
物語の主題を具に検討し、音楽そのものに意識を集中させればベートーヴェンの意図、意識が明確に理解できるというもの。

《フィデリオ》改訂稿初演は大成功であった。それは大反響を呼び、新聞報道には、「国民の寵児」という表現も見られるほどに、長い苦境からようやく解放されたオーストリアの喜びがこだまする、大絶賛の論調が支配した。初日には序曲が間に合わず、《アテネの廃墟》序曲によってとりあえず代用された。3日後、5月26日の2度目の上演でようやく新しいホ長調の《フィデリオ》序曲が鳴り響いた。
大崎滋生著「ベートーヴェン像再構築3」(春秋社)P869

改訂稿初演当時の、快活で喜びに満ちる表現を礎とするクラウディオ・アバドの清新な解釈に心が動く。オーケストラの技量はもちろんのこと、筋肉質で伸びのある音響が何より素晴らしい。序曲の飛翔、第1幕冒頭からのめくるめく物語の進行に、ベートーヴェンの音楽が巷間失敗とされるほど駄作だとは到底思えない。どれほどの生命力がここに込められていよう。
それにまた、当時のベートーヴェンの人気は相当だったようで、ブロマイドまで販売されていたことに驚きを隠せない。

アルタリア社はその人気にあやかって直後にベートーヴェンの新しいブロマイドを発売した。これは、ウィーンに逗留中のフランスの画家レトロンヌが描いたクレヨン画に基づき、以前からの知己であるブラジウス・ヘッフェルが版刻したもので、最もできのよい肖像画とされる。
~同上書P874

Louis Rene Letronne Beethoven (1814)

もちろんそれは音楽作品の素晴らしさだけでなく、初演に関わった歌手陣含めすべての人々の尽力によるものである。

1814年6月5日の速報には次のようにある。

ベートーヴェン氏の音楽はきわめて成功した労作である。個々には彼の器楽曲から期待されるほどのものに達していないこともあるかもしれないが、失敗とはとても言えず、その他はまったく素晴らしい。・・・全体はすこぶる興味深く、いくつかの弱点もより多くの真の傑作によって帳消しになっているので、よい印象を持たなかった観客も、満足して劇場を去る。序曲を除いて、ほとんどの音楽が生き生きしたものであり、したがって拍手喝采を受け、作曲者は第1幕と第2幕の後に、満場からカーテンコールされた。
~同上書P869

以下、歌手たちの評価についてはこの書では割愛されているので詳細はわからないが、何にせよ大成功したことが正しく報告されている点がうれしいところ。
傑作歌劇「フィデリオ」の名演奏に触れた感動に心が躍る。

・ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」作品72(ヘルガ・リューニング&ローベルト・ディディオン版)
ニーナ・シュテンメ(レオノーレ、ソプラノ)
ヨナス・カウフマン(フロレスタン、テノール)
ファルク・シュトルックマン(ドン・ピツァロ、バス・バリトン)
ペーター・マッテイ(ドン・フェルナンド、バリトン)
クリストフ・フィッシェサー(ロッコ、バス)
レイチェル・ハルニッシュ(マルツェリーネ、ソプラノ)
クリストフ・シュテール(ヤキーノ、テノール)
ファン・セバスティアン・アコスタ(第1の囚人、バリトン)
レヴェンテ・パール(第2の囚人、バス)
アルノルト・シェーンベルク合唱団(エルヴィン・オルトナー合唱指揮)
クラウディオ・アバド指揮マーラー室内管弦楽団/ルツェルン祝祭管弦楽団(2010.8.12&15Live)

ルツェルン音楽祭での演奏会形式による上演の記録。
個人的には第2幕が実に素晴らしいと感じる。音楽そのものの潔さ、フロレスタンに扮するカウフマンの(神への信を歌にする)冒頭アリア「神よ! ここは暗い!」での情感たっぷりの歌、そしてレオノーレ(フィデリオ)を演じるシュテンメとの勇敢な愛の二重唱「おお、名付けようのない歓喜よ!」に、智・仁・勇という人間存在の真意を僕は見出すのである。フィナーレの「良い妻を娶った者は!」は、ベートーヴェンの個人的な心情も反映されているのだろうが、全員による大歓喜がとにかく見事。

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