涙の日

今も余震が続く。
大地震から一夜明けたものの、まだまだ予断を許さぬ状況が続きそうだということで何かと慌ただしい。窓の外は昨晩と打って変わって何事もなかったように閑散としているけれど・・・。テレビをつけるとどのチャンネルも震災の話題で、しっかりと情報収集しなければいけないのだが、何せこのサロンにはテレビが置いていない。時折、普段は使ったことのなかった携帯のワンセグでニュースを見て、世間の様子をチェックする。

昨日の東京は、これまで見たことのないような光景が幾度も見られた。
地震の真っただ中の部屋の中の物が吹っ飛ぶ様は、阪神などの大地震を経験したことのない僕にとっては凍りつくようなもの。ともかく立っていられないし、棚の上から物は落ちてくるし・・・、息が詰まるような瞬間で、とても長く感じた。偶然サロンにお客様がいたので机の下に一緒に潜りながら語ったり、そして落ち着いた後には後片づけを手伝っていただいたり・・・。

夜になって空腹感を覚え、3人で外に出たらどこもかしこも満員。道路は人と車で溢れかえり、身動きがとれないような状態。偶然一日外出予定がなかったからまだ良かったものの、帰宅できない人たちが駅や公共施設に溢れかえっているそうで、その被害の甚大さが少しずつ現実感を帯びる。時間が経過するにつれ、被災地の状況を目の当たりにしその惨状に目をつぶりたくなる。

本夕、近所を歩いていて、普段と何にも変わらない町の風景にかえって空虚感を覚える。人間の生の儚さと、「今この瞬間」を生きることの大切さを今一度噛みしめる。

本当は今日と明日の2日間で「アクティブ・ブレイン・セミナー」を受講することになっていたが、地震のため急遽延期になり、1日サロンで過ごすことになった。音楽を聴く気も失せるような状況だが、PCで作業をしながらモーツァルトを繰り返し聴いた。

モーツァルト:レクイエムニ短調K.626
ヘレン・ドナート(ソプラノ)
クリスタ・ルートヴィヒ(メゾソプラノ)
ロバート・ティアー(テノール)
ロバート・ロイド(バス)
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮フィルハーモニア管弦楽団&合唱団

ジュリーニの演奏する「涙の日」がこれほどまでに心に響いたことはかつてあったろうか。
前奏の後、囁くように、そして引き摺るように合唱が歌い出す。

涙の日、その日は
罪ある者が裁きを受けるために
灰の中からよみがえる日です。

神よ、この者をお許しください。
慈悲深き主、イエスよ
彼らに安息をお与えください。アーメン。

晩年のジュリーニは一種神々しさに包まれるような印象で、評価も高かったが、僕としてはこの頃(1970年代後半)の彼が一番好き。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
大震災被災、心よりお見舞い申し上げます。
私と私の周囲については、今のところ大きな被害の知らせはないのですが・・・。

この深刻な国家の非常事態に、とても音楽を語り合う気持ちになれません。
当分の間、コメントを自粛します。

ご紹介のモツレクで、私も犠牲者の皆様を追悼したい気持ちで一杯です。

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岡本 浩和

>雅之様
こんにちは。
ありがとうございます。東京は一旦落ち付いてはいるようですが、揺れは頻発します。
僕の周りでも大きな被害はなさそうです。
が、日に日に状況がひどくなっていくのをみて胸が痛みます。
こうやってコメントを書いている今もわずかに揺れを感じる状態です。

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