フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル ワーグナー ジークフリート牧歌(1949.2.16-17録音)ほか

フルトヴェングラーのワーグナーには悪魔が宿る。
(それはフルトヴェングラーにあってワルターにないものかもしれない)
否、それはむしろ天使と名づけても良いものかもしれない。
(陰陽二元の世界ではすべては表裏一体)
途切れることのない生命活動の根源、命そのもの息吹きが古い録音の根底から溢れ出しているのである。(少なくとも僕の耳にはいつでもどこでもそのように聴こえるのだが)

アドルフ・ヒトラーが愛したワーグナー。
中でも総統は、フルトヴェングラーのワーグナーを第一とした。

大指揮者は大歌手と同じように重要である。もしヴァイマール共和国時代に優れた指揮者が十分にいたのであれば、我々はウィーンではまったく取るに足らない人物とみなされていた、ぶるーの・ヴァルターのような男が有名になってしまうなどという茶番劇を見ずに済んだはずである。あの男に注目して、突然この男こそドイツでもっとも偉大な指揮者だと宣言したのは、ミュンヘンのユダヤ人新聞だった。これに付和雷同したのがウィーンのユダヤ人新聞だ。しかし最後に笑ったのはウィーンではなかった。というのは、ウィーン最高のオーケストラの指揮者として雇われたのに、あの男が作り出すことができたのは、せいぜいビアホール音楽だったからだ。もちろん奴は解雇された。そしてウィーンは解雇という事態によって、優れた指揮者がどれほど不足しているかに気付き始めて、今度はクナッパーツブッシュを呼び寄せた。
この男は髪がブロンドで眼が青く、たしかにドイツ人だったが、不幸なことに耳がなくても自分の激しい気性で立派な音楽を生み出すことができると信じていた。彼が歌劇場で指揮するところに居合わせるのは、まったく難行苦行だった。オーケストラの演奏は音がやかましすぎたし、ヴァイオリンは金管楽器の音に遮断され、歌手の声は息が詰まりそうだった。メロディーではなく金切り声が断続して聞こえてきたという具合だった。哀れなソリストたちは、まるでオタマジャクシがそこにたくさんいるみたいに見えた。この指揮者たるや、あのひどい狂気じみた身振りで夢中になっていたので、ソリストなど見もしない。そっちを見たら、卒倒していたかもしれないね。だからまったく見ない方がよかったのだ。
指揮者の中で身振りがまともなのは、唯一フルトヴェングラーだけだった。彼の動きは心の奥底から霊感を受けていたようなものだ。

(アドルフ・ヒトラー)
サム・H・白川著/藤岡啓介・加藤功泰・斎藤静代訳「フルトヴェングラー悪魔の楽匠・下」(アルファベータ)P56-57

ヒトラーの耳が肥えていたことは確かだ。しかし一方、人種的な差別、偏見はここにも如実に表れている(ヒトラーの行動の源泉は不安だ。それが世界を、歴史を狂気に陥れたのである)。ワルター、クナッパーツブッシュ、そしてフルトヴェングラー、三者三様のワーグナーは、ワーグナーの真髄をそれぞれの心魂でとらえたもので、(外面的効果は異なるが)いずれも感動的だ。

ワルター指揮コロンビア響 ワーグナー ジークフリート牧歌(1959.2&1961.3録音)ほか クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘン・フィル ワーグナー 「ジークフリート牧歌」ほか(1962.11録音) クナッパーツブッシュの「ジークフリート牧歌」を観て思ふ クナッパーツブッシュの「ジークフリート牧歌」を観て思ふ

ワーグナー:
・ジークフリート牧歌(1949.2.16-17録音)
・歌劇「タンホイザー」序曲(1949.2.17&22録音)
・楽劇「神々の黄昏」からジークフリートのラインへの旅(1949.2.23録音)
・歌劇「さまよえるオランダ人」序曲(1949.3.30-31録音)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

病に倒れる前のフルトヴェングラーの、感謝と喜びに溢れる「ジークフリート牧歌」!!
(絶妙な弦のポルタメントはいかにもウィーン・フィルの成せる業)
そして、いかにもフルトヴェングラーらしい「動」の「タンホイザー」序曲。
(昔は矮小なアッチェレランドが気になったが、その「動」の性質こそが「静」を生かす手段なのだとわかったとき、フルトヴェングラーのワーグナーが腑に落ちた)

これらには戦中の巨匠の推進力とパッション、そして病後の枯淡の境地の折衷という、実に陰陽二元の両面が刻印されるのである。おそらく1950年前後のフルトヴェングラーの芸術は頂点だっただろうと僕は思う。

フルトヴェングラー59回目の命日にワーグナーを聴いて思ふ フルトヴェングラー59回目の命日にワーグナーを聴いて思ふ クナッパーツブッシュ指揮ケルン放送響のブラームス交響曲第4番(1953.5Live)ほかを聴いて思ふ クナッパーツブッシュ指揮ケルン放送響のブラームス交響曲第4番(1953.5Live)ほかを聴いて思ふ

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