トスカニーニ指揮NBC響(1951.2.3録音) ワルター指揮ニューヨーク・フィル(1952.3.24録音) フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル(1952.12録音) ベートーヴェン 交響曲第4番

ベートーヴェンの交響曲第4番のみ、フルート1本の小編成だというのは、1806年当時、ウィーンがフランス軍に第一次占領され、また神聖ローマ帝国が終焉を迎えるなどの理由でコンサート活動が停滞したことと、献呈されたフランツ・ヨアヒム・オッパースドルフ伯爵(1778-1818)自前のオーケストラがそもそも小編成であったことなど、当時の状況と無関係ではないようだ。

しかしながら、(小編成とはいえ)音楽は実に濃厚。

あなたは私のことを不信の目でご覧になるでしょうが、やむを得ぬ事情があり、あなたのために書いたシンフォニー(Sy.5)は、そしてそれに加えてもう1曲(Sy.6)も別のある方に売却せざるを得ませんでした・・・しかしあなたのためと定められているもの(Sy.4)をあなたがまもなく入手されるのは確実です。
(1818年11月1日付、オッパースドルフ伯宛)
大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P203

ロベルト・シューマンから「2人の北欧神話の巨人の間にはさまれたギリシアの乙女」とあだ名された交響曲は、その解釈によって形や音調を変え、時に灼熱の、北欧神話の巨人以上の巨人たる姿を現わすことがある。

20世紀の三大指揮者といわれたトスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラーの演奏比較が興味深い。

・ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調作品60
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団(1951.2.3録音)

ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニック(1952.3.24録音)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1952.12.1-2録音)

印象は三者三様だが、いずれにも古の浪漫が感じられる。
最も即物的なのはトスカニーニだろうか。割合にあっさりと進められる第1楽章アダージョ—アレグロ・ヴィヴァーチェに対し、舞踊のごとくの愉悦を感じさせる第2楽章アダージョの音調を鑑みると、トスカニーニはこの交響曲にかなりのシンパシーを感じているようで、内から湧き上がる意志と同時に滋味を思う(第3楽章メヌエットの推進力も素晴らしい)。
一方のワルターの演奏は、後のコロンビア響とのステレオ録音を凌駕する激性と音の厚さを持つ。トスカニーニ以上に(ある意味)灼熱の中にあり、火傷するくらいの瞬間も多々ある。

さらにフルトヴェングラーはどうか。
ライヴ感の強いトスカニーニに対して、いかにもスタジオでのフルトヴェングラーの演奏という「安定」の印象。相変わらずテンポはライヴ録音ほどの激しさはなくとも音楽はデモーニッシュでフルトヴェングラー流。
遅めのテンポで、堂々たる第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェから終楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポに至る後半2つの楽章が出色。

果たして三者とも、ベートーヴェンへの思い入れの強さが歴とあることがわかる。
ワルターとフルトヴェングラーには、吉田さんの指摘のような18世紀的「古き良き」精神が音に根付いており、トスカニーニはイタリア的歌が刻印される。環境と思念の結びつきと歯実に面白いものだ。

私は、ヴァルターについて、解釈のうえでの一つの仮説を立てる。
ヴァルターは、20世紀の真中までもちこまれた古き良きヨーロッパの音楽の体現者だった、と。《古き、良き。》また彼の場合、この《古き、良き》というのは、ほとんど19世紀を通じてみた18世紀の姿に通じる。

「吉田秀和全集5 指揮者について」(白水社)P15

だが、フルトヴェングラーには対位法的要素がもっと強靭にあり、トスカニーニはイタリア・オペラのあの旋律とそれにつけた伴奏とからなりたつ、いわば単旋律音楽(Monody)の伝統を深く身につけている。こういうのを、指揮者の基本的な分類の仕方ととられては困るが、しかし、彼らの感受性の方向と思考の手法は、こういうこととは無関係ではありえない。
もちろん、この二人のなかでは、ヴァルターはフルトヴェングラーにより近い。レパートリーでもそうであるし(ヴァルターに、イタリア・オペラをふったことがないとは考えられないが、レコードはない。その機会はごく少なかったのではないだろうか? 彼はフルトヴェングラー以上に、19世紀ドイツ・オーストリアに曲目を限っていた感がある)、チャイコフスキーさえ、彼は、たとえ手がけたとしても、ニキッシュやメンゲルベルクはもちろん、フルトヴェングラーがもったほどの共感をもちえなかったのではないかという気がするくらいだ。

~同上書P15-16

吉田さんの論は半世紀以上前の、確かに古いもの(昭和45年)だが、その内容は普遍性があるように思う。


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