クリュイタンス指揮フランス国立放送管 ラヴェル 組曲「マ・メール・ロワ」(1954.6.26録音)ほか

春の魅力、それをコンブレーまで味わいに行くことができないので、スワンは、せめて「白鳥の島」かサン=クルーへ行けばそれが見出せるだろうと自分に言いきかせた。しかしオデットのことしか考えられない彼は、はたして自分が木の葉の香りをかいだのか、月の光はさしていたのか、それすら分からなかった。彼は庭園のなかで、レストランのピアノで弾く小楽節によって迎えられる。庭にピアノがないときは、ヴェルデュラン夫妻はたいへんな苦労をして、部屋のなかか食堂にあったピアノを庭におろさせるのだった。それはスワンが、ヴェルデュラン夫妻の寵愛を回復したからではない。その逆だった。ただ、たとえ嫌いな人であっても、だれかを楽しませることをあれこれ工夫すると思うと、その準備に必要な時間だけは、ヴェルデュラン夫妻のうちに、一時的に相手に対するはかない共感と思いやりの感情が広がるのだった。
マルセル・プルースト/鈴木道彦訳「失われた時を求めて2 第一篇 スワン家の方へII」(集英社文庫)P190

なるほどモーリス・ラヴェルの音楽に魅了されるのは、彼の音楽の内にある春の魅力、すなわち「はかない共感と思いやりの感情」を感じるからだと、プルーストを読んで思った。特に、アンドレ・クリュイタンスの棒によるラヴェルにはその印象を強くする。中でも、1950年代初頭、クリュイタンスが録音した旧いレコードに僕は惹かれる。

ラヴェル:
・亡き王女のためのパヴァーヌM.19(1899/1910)(1954.5.14録音)
ルイ・コーティナ(ホルン)
・古風なメヌエットM.7(1895/1929)(1954.5.11録音)
・高雅で感傷的なワルツM.61(1911/12)(1954.5.11録音)
・組曲「マ・メール・ロワ」M.60(1908-10/11)(1954.6.26録音)
アンドレ・クリュイタンス指揮フランス国立放送管弦楽団

春の陽気に触発され、音楽の温もりが匂い立つ。
何とも春の匂いに僕はワクワクする。冒頭「亡き王女のためのパヴァーヌ」に見る慈悲深さ、そして組曲「マ・メール・ロワ」に垣間見る弾ける喜びの音色は、クリュイタンスの真骨頂(それはやっぱり後のステレオ再録音盤より一層美しい)。

第1曲「眠れる森の美女のパヴァーヌ」
第2曲「親指小僧」
第3曲「パゴダの女王レドロネット」
第4曲「美女と野獣の対話」
第5曲「妖精の園」

彼は今しも『月光』ソナタを弾こうとしているピアニストを思い描いた。また、ベートーヴェン尾音楽で神経が痛むと言ってびくびくしているヴェルデュラン夫人の顔つきを。「ばかな女だ、嘘つき女だ!」と彼は叫んだ。「おあけにあれは〈芸術〉を愛しているつもりなんだ!」
~同上書P223

クリュイタンスのラヴェルは、僕たちの意識を俗世間から引き離し、高貴な、神がかりの世界に誘ってくれる。何と崇高なことだろう。


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