ミケランジェリ ガーベン指揮NDR北ドイツ放送響 モーツァルト ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466ほか(1989.6Live)

いつぞや観たミケランジェリ独奏、チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルによるラヴェルの協奏曲は、ものすごいオーラを発する名演奏だったと記憶する(今あの映像は手元にない)。
稀代の変人ピアニストであるミケランジェリの研ぎ澄まされた音は、録音からも十分に素晴らしさは伝わるが、真価はやはり実演にあっただろうと想像する。

金縛りに遭うが如くのオーラよ・・・ 金縛りに遭うが如くのオーラよ・・・

モーツァルトの協奏曲の録音まつわる顛末が興味深い。

私たちの集いの目的は、モーツァルトの録音に適した指揮者を決めることであった。バレンボイム(「あいつは自分で弾くから」)から、メータ(「やる気があるのか?」)、そしてジュリーニ(「遅すぎる! 我々二人の録音はすでに良いものがある。イスラエルで演奏した分だ。それに関してはまだ話すことがたくさんある」)にいたるまで、順に取り上げていった。ちなみにそのとき言わなかったことは、後から語ってくれた。それからゲルト・アルブレヒト(無反応)、サヴァリッシュ(「良い」—しかし決定には結びつかなかった)など、その他の指揮者についても話し合った。彼はチェリビダッケの名前は出さなかった。それに、ベルリン・フィルのチャイコフスキー本命指揮者は、そうでなくとも対象外であった。アバド(「ノー!」)、アシュケナージ(「ノー!」)。いや、まったく無駄骨だった。名前を挙げられるにふさわしいすべての指揮者に目もくれなかったのである。結局その日、意味のある午後を過ごしたのは(犬の)ロッティだけだった。
突然彼が口を開き—私の心臓は止まった。「君がやればいいじゃないか!」「マエストロ、私は大学の試験以来、指揮をしたことがないんですよ。私は指揮者じゃありません!」

コード・ガーベン著/蔵原順子訳「ミケランジェリ ある天才との綱渡り」(アルファベータ)P172-173

こうして指揮者はガーベンに決り、有無を言わさず事が進んで行ったそうだ。
口から出まかせとは思えない。ミケランジェリには勝算があったのだろうと思う(そしてガーベンへの信頼は絶大だったと見える)。

ピアニストをよく知るガーベンの指揮は、当然ながら巨匠のピアノを引き立てるべく、あくまで主張せず、謙虚に、ひたすらモーツァルトの音楽に没頭し、沈潜する。

モーツァルト:
・ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466
・ピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503
アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ(ピアノ)
コード・ガーベン指揮NDR北ドイツ放送交響楽団(1989.6.4-7Live)

ブレーメンはディー・グロッケでのライヴ録音。
この録音は賛否両論らしいが、個人的には「賛」。
K.466は、静寂の中から意味深な管弦楽提示部が浮き上がり、ミケランジェリとの共演を待ちに待ったかのように徐々に喜びを爆発させる。
ミケランジェリのピアノはどこかいつも寂しさを湛える。モーツァルトの内なる慟哭を巨匠は(ほとんどモーツァルトの化身として)あくまで静かに、中庸の心で表現する。
カデンツァは有名なベートーヴェン作のもの。
続く第2楽章ロマンツェは実に明朗だ。ここでもミケランジェリのピアノの匂い立つ抒情に感動する。そして、終楽章ロンド(アレグロ・アッサイ)の、割合にゆったりとしたテンポの中で奏される音楽こそミケランジェリの本懐といえまいか(ここでもやはりカデンツァが絶品!)。

一方の、K.503。ここでガーベンが「ジュピター」交響曲K.551に通ずる雄渾さを引き出している点が素晴らしい。その音調の中でミケランジェリのピアノ独奏は、管弦楽に見事に同期し、音楽を謳歌する。ここでは指揮者とピアニストが完全に一つになってモーツァルトを演ずるのである(何という美しさ!)。
カデンツァはカミッロ・トーニ作。
第2楽章アンダンテは、さすがはミケランジェリというほどの別格の美しさ。

休憩の後、彼は新鮮な気分で、二台の楽器のうち左側のピアノの前に座ると、リラックスして、ほとんど陽気にニ短調協奏曲を弾き始めた。数時間前にテレビ制作の完全なキャンセルの原因、あるいは言い訳になっていた左目のまぶたの小さな異変は、いつのまにか何でもなくなっていた。その間、ハノーファーで注文した二台目のピアノ用の楽譜が届いた。あまり知られていない協奏曲、KV503の譜面がビーレフェルト市になかったのは無理もない。二台の楽器での、中身の濃いリハーサルが行われた。左側の楽器を弾いていたのは、あらゆる不安から解放されたソリストで、右側のピアノを弾いていたのは、その時点ではまだ不安を感じていなかったオーケストラパートの担当者だった。技術者の見解によると二台の楽器の調律はずれていたが、二人ともその場から離れようとはしなかった。
~同上書P180-181

いかにも気分で動く情緒不安定なミケランジェリに周囲はいつも翻弄されていたが、一たび機嫌良くピアノに向かうと恐るべき名演奏を繰り広げた。

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