新宿区角筈区民ホールでの「高須博ピアノ・リサイタル~The Art of Transcription」に行って来た。有名なオペラからの抜粋やオーケストラ曲のピアノ編曲版ばかりを集めたとても洒落たコンサートであった。まだ録音機器の無かった時代、一般大衆がオペラや管弦楽曲を日常的に聴くにはピアノへの編曲という方法しかなかった。よって、当時の作曲家は競って有名楽曲をピアノや室内楽に編曲しているのだが、中でも、引く手数多、あちこちでもてはやされたのがフランツ・リスト。とはいえ、今回のプログラムにはリスト編曲のものは登場しない。第1曲目の「トラヴィアータ・ファンタジー」からラストの「火の鳥」抜粋まで息をもつかせぬ超絶技巧の嵐。聴いてて、手に汗握る連続でこんなに興奮して感動したリサイタルは久々であった。楽曲そのものは非常にポピュラーなものが多かったので、2時間弱全く飽きさせないのもよし。ある意味、ハイドシェックのリサイタルを凌ぐ何かがある、と思わせるプログラム構成の妙味。そして、ほぼ休みなく弾き続ける彼の肉体の強靭さには舌を巻く。とにかく一聴もの。いや、こういう技巧派の演奏は聴くというより観ると言った方が正しい。2会場に空席がちらほら見えたことを考えると、もったいなくて残念で、もっとたくさんの人たちに聴かせたい、そう思った演奏会であった。
休憩後の第2部の最初は、ワーグナーの「ニーベルングの指環」からの2曲。まさに、今週末の「早わかり古典音楽講座」でとりあげる予定の楽曲なので、とても面白く聴け、かつ感動した。そして最後は、先日NHKで観たThe Five Brownsという姉弟ピアノ・アンサンブルが演奏していたストラヴィンスキーの「火の鳥」からの3曲を、なんとソロでやるのだからたまらない。あのストラヴィスキーの名曲の色彩感豊かな華美なオーケストレーションをピアノ1台で見事に再現したアゴスティの精緻な編曲技術もさることながら、高須先生の悶絶のテクニックもタダモノではない。しかもしかも、アンコールがまた粋。
ゴドフスキー編曲のショパンの「小犬」、そしてモーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス、ゴドフスキー編曲の左手のためのショパンの革命。
いやー、凄い、凄い。本当に凄かった。
終演後ロビーで少々お話させていただいたが、意外にとても気さくな方。来年も楽しみだ。
余韻覚めやらぬうちにと、トランスクリプション集を取り出して聴く。
ワグネリアーナ/ワーグナー作品ピアノ編曲集
シプリアン・カツァリス(ピアノ)
※残念ながらCDは廃盤
ワーグナーの楽劇から有名な楽曲を様々なアーティストがピアノ版に編曲したトランスクリプション集。昔から、僕はこの手の編曲モノが大好きでよく聴いていた。とにかく面白い。
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高須 博ピアノリサイタルのお知らせ2012.10.23【東京公演・新宿・角筈区民ホール】
[…] 5年前に高須博氏のリサイタルに初めて訪れて、その超絶技巧に吃驚仰天、しかもテクニックばかりでなく音楽性満点の演奏にとても満足したことをふと思い出した。その素晴らしさはかつてブログに記事も書いたが、以降毎年今の時期に行われるコンサートに足を運ぼうとするも不運なことにいつも日程が合わず、結局以来一度も高須氏の実演を聴けていないことが残念でならない。 氏のコンサートでは毎回珍しい楽曲が採り上げられる。それは、オペラなどのトランスクリプションものが大半を占め、そういった難曲をいとも簡単に料理し、その場に居合わせる聴衆を魅了し、感動の坩堝に巻き込む。 多分、実際に体験した人でないとその凄さはわからないだろう。 ともかくとても10本の指で奏でられているとは思えない多彩で濃淡の明確な表現が目白押しで、2時間ほどがあっという間に過ぎてしまう。5年前のあの時は最後に「火の鳥」の終曲が披露されたのだが、もはや言葉が出なかった。アンコールのゴドフスキーによる左手のためのショパン「革命」には心底感動した。 今年開催されたリサイタルにも都合つかず、行けなかった。来年こそは、といつも思うのだけれど・・・。 […]
[…] る「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の敬虔なる調べ(かつて高須博さんがコンサートのアンコールで演奏されたのを聴いたときには心底痺れた)。そして、カール・ツェルニーによる「 […]
[…] ※過去記事(2007年10月24日) […]