御前演奏会

生涯で2度御前コンサートに同席したことがある。まったく偶然の鉢合わせ。1度目は東京文化会館で購入していたシートがちょうど陛下の臨席されるブロックにあたっていたため、事前にプレス席に移動して欲しいという旨のご丁寧な文書が楽団から届いた。 2度目はその瞬間まで関係者以外は誰にも知らされていないだろうというサプライズ(まぁ、皇室関係の日常の動きは我々一般人が通常は知らないのが当たり前なのだが)。

面白いことに、その2度とも朝比奈隆が指揮するブルックナーの第5交響曲の演奏会であった。陛下は余程この曲が好きなのだろう。指揮者に対する終演後の延々と続く万雷の拍手にも一般人と一緒になって笑顔でお応えになられていた。一方、さすがは明治生まれの御大。戦後生まれの僕らには想像もできないのだが、天皇陛下となると戦前は「現人神」であったわけで、その襟を正した緊張感に溢れる見事な演奏は録音されて市場に出なかったことが誠に残念でならない。今思い出しても感激で涙が出る(2度目は1998年の東京定期だったが、大阪フィルのその時の熱演も立派なものだった)。

その日、朝比奈はサントリーホールの舞台袖からゆっくりと指揮台に歩み、まずは2階RBブロックに臨席される天皇皇后両陛下に深々と一礼。そして、おもむろにオーケストラに向きなおり、棒を振り下ろした。中世カトリック様式の大伽藍といわれる第5交響曲の何と厳粛で、尊い音楽か・・・。特に、フィナーレのコーダでの金管楽器の咆哮の瞬間は震えが止まらなくなるほど感動的だ。

シカゴ交響楽団への初の客演にこの曲を選んだことからもわかるように、ブル5は朝比奈の十八番。僕自身も実演で少なくとも5回は聴いているはずだ。返す返すもこの時の音や映像が残されていないこと(あるのかもしれないがリリースされていない)が残念でならない。

ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調(原典版)
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団(2001.4.21Live)

そういえば、最後の年の4月に大阪フィルの定期演奏会で演ったブル5のDVDは発売されないのだろうか?亡くなった直後に一度リリースの情報があったように思うのだが。その時のCDはEXTONから発売されており、その演奏の素晴らしさを聴くと映像でもみたくなる。その年、東京では2月、3月にブラームス、5月にブルックナーの第7、そして7月に第8番を振っており、その全てを目の当たりにした。ほんの2、3ヶ月の間にいかにも痩せ衰えていく朝比奈先生を見てもしやとは思ったものの、その音楽は推進力抜群で若々しいきびきびしたテンポの演奏だった故、まさかその年のうちにお亡くなりになるとは考えてもいなかった。御大が亡くなってから実演でブルックナーは聴いていない。

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