夜の変容

同じ環境で、同じ両親に育てられても、ましてやたとえ年齢がわずかしか離れていない兄弟でも、その後に歩むであろう道や経験、あるいは外部環境によってこんなにも感じ方、考え方が違うものなのかと一瞬驚いた。ところが、よくよく考えると、発言などはその人の思考の一部に過ぎなく、あくまで表面的なもので、それによってその人の人格そのものが図れるものでもなし、人は様々なんだとも・・・。自分を見つめることと、人との関わり方を見つめることと、そして大事なことは決して良し悪しの判断をしないこと。特に第一印象で一刀両断してしまうことは愚の骨頂。人にはそれぞれ「理由」があることを知り、認めることって大切。

個を単独で捉えるのではなく、やっぱり全体、「場」で捉えることの重要性。その人がなぜそこにいるのか、なぜこの人と関わりがあるのか、そして自分の役目って何なのか、すべてに意味がある。それに、その意味というのは後にならないと得てしてわからないものというのが難儀。今は、自分の言動を振り返り、ただその事実をきちんと認め、受け容れることしかできない。

実の妹と甥が受講しているワークショップZEROというのは非常に興味深い。いや、感慨深い。第一日目を終了しただけだからまだまだ何とも言えないが、二人には喜んでいただけているようで何より。妹のワーク中の発言の端々から感じられるのは、ほとんど自分のことを振り返ったり真面目に追究したりしたことがないんだということ。なるほど一般的にはそういうものなのかもしれない。身の回りで起こっている事実を真正面から直視すること、自分を観ること、人との関わりを観ること。それができたら自ずと解決策が見えてくるだろう。

ところで、昨晩、一本の電話で呼び出され、そこで久しぶりに一献傾け随分語ったものだから、午前様。自分自身のこと、仲間のこと、この国のこと、そして地球、宇宙のこと・・・(笑)。話題は尽きず、際限なく拡がる・・・。そして、何より楽しい(生きていて、この「楽しい」という感覚が一番大事かも)。

リゲティ:
・弦楽四重奏曲第1番「夜の変容」
・弦楽四重奏曲第2番
・ヒルディング・ローゼンベルクへのオマージュ
・2つのヴァイオリンのためのバラードとダンス
・弦楽四重奏のためのアンダンテとアレグレット
アルディッティ弦楽四重奏団

ジェルジー・リゲティの音楽にはいつも世紀末的な匂いが漂う。底知れぬ不安感を煽り立てるような瞬間と、一方で人々に安息を訴えかける癒しの瞬間とが交錯する。
ところが、不安も安心も実に表裏一体。ここには作曲家リゲティ自身の歴史が刻まれており、そして来るべき時代に向けて人間がどうあらねばいけないかまでをも示唆する重みが聴いてとれる。2012年のアセンションが静かに騒がれる「今」にこそ味わってほしい音楽が連綿と続く。
「不安ならば心中でもするかのように不安のすべてを抱え、そして飲み込んでしまえ。そうすれば闇は明けるものだよ」そんな言葉が聞こえてきそうな「夜の変容」。


3 COMMENTS

岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。

>長調でも短調でもない世界こそが理想郷なのかもしれませんね。

いいですねぇ、無調の世界!
僕も昔は良くわからなくて辟易しておりましたが、今はその魅力に十分とりつかれております。
メジャーでもマイナーでもない、まさにおっしゃる通りの理想郷です。

特に夜中に聴く無調音楽はどういうわけか格別です。
ちなみに、今シェーンベルクを聴きながらこれを書いております。

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